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確かに龍馬も最初は異国船に切り込むような勇ましい考えだった。しかし冷静に考えたら、この国に西洋に対抗できる力はないと、品川警備の時に見てきた。
「センセ、わしには学がないき何ともいえんが、こん国も強うならんと思うちょる。けんど、それにはどういたらええかわからんのじゃ」
「簡単なことじゃ。こん国も黒船を買い同志を乗せ、人・荷物を積み海洋に乗り出し航海術を学ぶんじゃ。 そして異国との貿易によって利益をあげ国を富まし、異国に追いつく事がこの国のとるべき道じゃないのかの」
ゆくはこの国も黒船を造るという壮大な話に、龍馬は「それじゃ!」と思った。
龍馬のなかで、一隻の船が錨をあげようとしていた。龍馬の新たな夢を搭載して。
開国攘夷――、この国を新しくし守るための策。
異国に学びつつ、異国に負けぬ国作りを目指す。これからはそんな時代になるだろう。
河田小龍の家から桂浜に向かった龍馬は、広がる土佐の海を眺めながら胸を躍らせていた。
◆◇◆
安政三年八月――。
庭木に止まった蝉が、シャワシャワと鳴き立てる。
龍馬は二度目の江戸行きを決めた。もちろん剣術修行である。
「今日も暑くなりそうじゃ」
「楽しそうじゃの? 龍馬」
「乙女姉」
このとし、岡上樹庵に嫁いでいた姉・乙女が茄子と胡瓜の入ったかごを持って、坂本家を訪ねてきた。
「うちの畑で獲れた野菜じゃ。おとんの新盆には間に合わなかったがの」
龍馬たちの父・坂本八平直足は、昨年の暮れに病没した。
父・八平は坂本家直系ではなく土佐郡潮江村(※現在の高知市潮江地区)の白札郷士、山本家の次男として生まれたという。坂本家当主となったのは、龍馬たちの母・幸の夫として坂本家の婿養子となったためだという。
厳しい父ではあったが、龍馬は今でも父の教えである三箇条を大事に守っている。
一、忠孝を忘れることなく修行に励め。
二、、金銭を費やすべらず。
三、色情に心を移し国家の大事を疎かにするべからず。
この三箇条は龍馬が江戸に最初行くときに、父・八平が認めておいたものだ。
噂によれば、龍馬より先に土佐を離れ江戸に向かった男がいた。
「武市さんも江戸に行ったかえ……」
武市こと武市半平太は白札郷士だが、龍馬の遠縁である。
恐らく築地の藩邸で、顔を合わせることになるだろう。
幕府も海軍創設に乗り出し、時代は確実に変わりつつある。
かくして――安政三年八月二十日、龍馬は再び江戸へ向かった。時に坂本龍馬、二十二歳。
言うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ
潮吹く魚が 泳ぎより
よさこい よさこい
蒼天に龍馬の唄う、よさこい節が流れる。
はたしてこれから向かう江戸で、何が龍馬を待っているのだろうか。
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