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1. Amadeus
瓜生ゲンは車窓を眺めている。
線路沿いに咲く満開の桜が春の陽光を受けて輝いていた。
3月の末、早くも花びらが散り始めている。
彼の立つドアと反対側の座席あたりで、70過ぎくらいの男性が嗄れ声を上げた。
「アマデウス! この女、アマデウス感染者だぞ」
男性は足をもつれさせながらも、2、3メートル飛び退いた。
怒りのせいか、震えが止まらない指を床に倒れた少女に向ける。
席から転げ落ちた拍子に、被っていたコートのフードが外れたらしい。
肩までの長さで縦にロールした、輝く金髪が溢れ出し、顔のまわりを覆っていた。
額の中央に浮き出る、ローマ字の「i」のような痣を見なくても、ゲンには分かる。
アマデウスウィルス発症者は例外なく、頭髪の色素が抜け、縦にロールする癖がつく。
体温は常に40度を超え、頭が重く、全身に倦怠感があって起き上がることも出来ない。
彼の姉もそうだった。
「なんでアマデウスなのにこんな所にいるんだ。降りろ、今すぐ降りろ」
男性のヒステリックな声に、周囲の乗客も過敏に反応し始めた。
ゲンの近くに座っていた女性は、あわてて消毒スプレーを鞄から取り出そうとしている。
「非常識で馬鹿な女だ。警察を呼ぶぞ。誰か非常停止ボタンを押せ」
高齢男性が耳障りな声で叫ぶと、ゲンは声を張り上げた。
「電車を止めないで。警察も呼ばなくていい。いつもどおりの感染症対策で大丈夫だから」
腹に響く一喝に、男性は怯んだ。
「何だと? 高校生のガキが。医者でもないくせに」
「僕は去年、姉を亡くしています」
この状況だから、アマデウスウィルス感染症で、ということは伝わるはずだ。
「飛沫感染の対策をとれば十分です。僕も家族の誰も感染しなかった」
口の悪い男性も、さすがに言い返すことが出来なくなったらしい。
他の乗客もほっとしたのだろう。
立ちかけていた人々も座席に座り直した。
車内の張り詰めた空気が緩む。
それでも皆、少女から2メートル以上の距離は空けている。
ゲンは人々の反応に無関心な風を装って、彼女の側にしゃがんだ。
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