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ナルシシスト育成所
「薫さ~ん。何か良いネタ無いですかぁ?完全に行き詰まりましたぁ」
わざとらしく机に倒れ込んで媚びるように見上げた私に、薫さんが冷ややかな視線を投げかける。
「情けないなぁ。次回の取材のネタは自分で探す、ビッグになるって息巻いてたじゃないの。プライドないの?プライドは」
「プライドは一旦、この心の奥に閉じ込めました」
胸に手を当て力強く言い切る私に、薫さんは「ほれっ」とクリアファイルを投げた。
「だったらコレ行ってみれば?あ!でも自分の仕事はちゃんとやるのよ。私が編集長に怒られちゃう」
「勿論です」
やっぱり薫さんは私に甘い。ウキウキしながらクリアファイルの中身を見ると、三行文字が書いてあるだけのメモ用紙が一枚入っていた。
「ん?ナルシシスト育成所……何ですか?ここ。これだけ?」
「これだけとは失礼ね。興味そそられるでしょ?マダムの中で流行ってる教室らしいんだけど、私も詳しくわからないの。検索かけても何も引っかからなくて。気になるんだけど、深追いする時間ないのよ」
「ふーん。子供を通わせてるって事ですか?ナルシシストって良い印象受けないのに、わざわざ育成してもらうなんて、お金持ちの考える事はわかんないわ。趣味悪~い。薫さんはどうやって知ったんですか?」
オカシイ事は一つも言っていないはずなのに、薫さんは若干気まずそうな顔をした。
「この間、趣味の高級住宅街散策に行ってね。まぁ、いわゆる上流階級御用達の喫茶店で何て言いますか……耳にしたというか聞こえちゃったというか」
「えっ?盗み聞きですか?この電話番号も?わぁ……引く~。大丈夫なんですよねぇ?」
「大丈夫よ。あの人達は何の疑いも嫌味もなく面白い情報をペラペラ話すんだもの。こっちは常にアンテナ張っているのよ?仕方ないわよね」
突然開き直ったように薫さんが言ったのがなんだか面白くて、思わず笑いそうになる。
「まぁ、そう言うなら……」
「何よ。じゃあ戻してくれていいわよ。わかりやすく興味持った顔してるくせに」
「ヘヘッ。やります、やりますよー」
自分でも涎を垂らしそうな顔をしている自覚があった。
満面の笑みを薫さんに見せると自分のデスクに戻り、椅子をクルンと一回転させて座った。
原川華音、二十八歳。
五年働いたタウン誌の制作会社から、この雑誌社に転職してもうすぐ一年が経つ。
世間を賑わせる記事を書いてやるんだ!と大きな野望を持って転職したものの、結局取材をして記事を書くのは以前と変わらないグルメ記事ばかり。
そんな日々から抜け出す為に、与えられた仕事をこなす傍らネタを求め続けているけれど、現実は甘くない。
同じ雑誌社で働く大学時代の先輩の薫さんに、おこぼれ仕事を貰って何とかキッカケを掴もうと奮闘している真っ最中だ。
「さーて、頑張るぞ!」
薫さんはあぁ言っていたけれど、このネット社会で何の情報も出ないなんて事あるわけない。
念入りに下調べしようとパソコンを立ち上げ、張り切って検索欄に『ナルシシスト育成所・ネメシス』と入力した。
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