ナルシシスト育成所

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「攻撃は最大の防御って言葉、ご存知ですか?」 取材に応じてくれた小池麗香は、私の目を真っ直ぐ見つめながら柔和な表情で微笑んだ。 ――ナルシシスト育成所の代表なんて、ギリシャ彫刻みたいな顔に決まってる。 そう思っていたのに、顔を合せた小池は、拍子抜けする位、可愛らしい女性だった。年齢は五十代前半といった所だろうけど、童顔だからよくわからない。 「はい、勿論知ってます。深く考えた事はありませんけど」 「私、初めて聞いた時からこの言葉が大嫌いなんです。私の理念の真逆なので。あっ、お茶どうぞ」 勧められるまま、綺麗なティーカップに入れられた紅茶を一口飲む。温かい液体が喉からお腹に落ちていくのを感じ、緊張が解けていくのがわかった。 「理念、ですか。小池先生がこちらの育成所を開いたのは、その考えがあったからなのでしょうか?真逆と言う事は、防御こそ最大の攻撃という意味ですか?」 「先生なんて呼ぶの止めて下さい。そうね、原川さんの言う通りよ」 渡した名刺に目を落とし確認した後、小池が親しげに私の名前を口にした。 「あ、はい。では、小池さん。理念のお話しですけど、防御とおっしゃるなら、ナルシシストって言葉を前面に出すのって逆効果では無いですか?身を守る行為と真逆のように思えます」 「あらぁ、どうして?それは原川さんがナルシシストに良い印象を持っていないからかしら?」 本音を言って良いものか少し考えた結果、素直に答える事にした。 「はい。正直、私も良い意味で使う事無いですし、世間一般的にもそうじゃないでしょうか。申し訳無いですけど『アイツってマジでナルシシストだよね~』ってセリフを、好意的に受け取った事はありませんから」 「そうね。自分の事が大好きで、鏡ばっかり見ているような人がナルシシストの代表って感じですものね」 ふふ、正直ねぇと小池は少し楽しそうに笑っている。変に嘘をつかなくて良かったとホッとした。 「ねぇ原川さん。ここにはどんな方が通っていると思います?」 「裕福な奥様達の中で、こちらに通うのが流行っているんですよね?育成所って言う位だから、てっきりお子さんを通わせる習い事教室のようなイメージだったんですけど、違うんでしょうか?」 私の言葉を聞いた小池は「あら?」と呟いて首をかしげた。
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