13人が本棚に入れています
本棚に追加
「薫さん、お疲れ様です。早速、例の所行ってきました」
会社に戻り真っ直ぐ薫さんのデスクに向かった。やる気に満ちて足取りも軽い。
「どうだった?やっぱ怪しい感じ?」
「それが全く怪しくないんです」
「怪しくない。ふーん、どんな感じか教えて」
冷静さを装っている時ほど、薫さんは興味を持っている。
そんな情報しかないのかとガッカリされないように「今日は取材のお願いに行っただけなので詳しい話しは聞けてないですよ」と前置きをして予防線を張った。
「代表者は、小池麗香さんって五十代前半位の女の人でした。物凄く顔が整っている人を想像していたんですけど、全然普通の人で驚きました。美人と言うより愛嬌があるタイプで、ナルシシストとは真逆な印象だったんです」
「美人しかナルシシストになれない訳じゃないでしょ。思想と外見が必ずしも一致するわけじゃないんだから」
薫さんが少し呆れたように言った。
「思い込みをしないでフラットな心で取材しなさい」って教えを忘れたな!と怒られたようで、えーっと場所なんですけど、と誤魔化して話を続ける。
「薫さんがメモに書いてくれていた住所で合ってました。アポの電話入れた時に先方にも確認しましたけど、航空画像で検索しても出てこなかったから本当にあるかドキドキしましたよ。白を基調にした二階建てのお洒落なビルでした」
言いながら実在の証拠に外観を撮った画像を見せると、薫さんは「新しそうだからまだ航空画像が最新になってなかったのかな。なんだ、恐れることは何もなかったね」と少し残念そうに言った。
「そうなんです。今日は何もやっていなかったですけど、一階は展示会ができるレンタルスペースになってました。肝心のネメシスは二階だって聞いていたのに入口がわからなくて、探しながらビルの裏側に回ったらやたら重厚なドアがあったんです」
「ふぅん。で、その先にあったと」
「急かさないで下さいよ。何の表記も無かったので開けるの躊躇っていたんですけど、ドアに覗き穴があるのに気づいて。覗いて見たらネメシスって文字が浮き出てたんです」
私的には、かくれんぼしている相手を見つけたみたいでテンションの上がる発見だったのに、薫さんは「あぁ、バーでよく使ってる手法よねぇ」と言っただけで驚いてくれなかった。
そんな事より中の様子を知りたそうな薫さんの期待に応えるべく、ドアを開けた先の様子を思い出しながら伝える。
ドアを開けると階段があった事、上がりきったた先が目的の「ナルシシスト育成所ネメシス」で間違いなかった事。
私と同じ歳くらいのスラッとした中性的な男の人が待ち構えていたので、てっきりその人が代表者かと思った事。
高橋と名乗ったその男の人が小池の所に案内してくれた事。
真っ白より少しクリームがかった白で統一された室内には余計な装飾は無かったけれど、無機質な印象はなく温かみを感じた事。
小池が愛嬌があって童顔で年齢不詳だけど、どこにでもいそうな普通のおばさんだった事。
肝心な「どういう事をしている場所なのか」は何一つわかっていない。
ただ、見た物をツラツラと喋っているだけの私に薫さんは「うんうん」と優しく相槌を打ってくれた。
「結構広そうだったんですけど、全体は案内されてないので正確にはわからないです。とりあえず条件をクリアして、正式に取材させて貰えるように頑張ります」
私が言うと、薫さんは急に「条件?どんな?」と険しい表情になった。
「はい。でも簡単な事でしたよ?私の中で答えはもう出てますし」
何がそんなに引っ掛かったのかわからない。
安心して貰おうと余裕たっぷりで、条件として出された問題の内容を言われた通りの言葉で薫さんに伝えた。
最初のコメントを投稿しよう!