ナルシシスト育成所

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――ナルシシスト 語源をギリシャ神話に登場する水面に映る己の姿に恋焦がれて死んだ美少年ナルキッソスに由来する。ナルシシズム(自己愛)を呈する人。自分の容姿や行動・発言に異様なまでに自信がある人。自己顕示欲が強い、他人に興味が無く人を見下している。自己中心的、嫉妬心が強い。ポジティヴだがナイーブ、気障などが特徴としてあげられる。 「イメージ通りだけど、改めて字面になっていると、お腹いっぱい感がスゴイわね」 苦笑いしている薫さん。きっと今、私も全く同じ顔をしている。 「ですよね。でもコレって成長過程で消えて行くだけで、誰しも幼児期には持っている要素なんですって。自撮りバシバシ撮ってネットにあげてるのだって一種のナルシシズムですし、育成しなくてもゴロゴロいるんじゃないんですかねぇ」 「そうね。わざわざ『育成所』って謳ってる位なんだから、もっと違う意味があるんじゃないの?」 「う~ん。自己愛性パーソナリティ障害なんてのも出てきて……そっち方面にいくと育成するって意味が益々わからないんですよねぇ」 「これは?育成所の名前よね」 眉間に皺を寄せていた薫さんが、私の書いた単語を指差す。 「あっ、そうです。ネメシスにも意味があったんですよ。知ってました?私、ギリシャ神話に疎くて。恥ずかしながら初めて知ったんですけど」 「ううん、私も知らない。なになに……」 薫さんはそう言うと、声に出して読み上げ始めた。 ――ネメシス ギリシャ神話に登場する女神。人間が神に働く無礼を罰する義憤の女神とされる。ナルキッソスに自分自身を愛するよう呪いをかけた。 ある日、ネメシスに泉によび寄せられたナルキッソスが、水を飲もうと水面を見ると、中に美しい少年がいた。ひと目で恋に落ちたナルキッソスは、水面に写った自分に口付けをしようとし、そのまま泉に落ちて死んでしまったといわれている。 「へぇ~。元々自分大好きだったわけじゃなくて、呪いかけられてたんだ。ナルキッソスさんの事は何となく知ってたけど、そこまでは知らなかったなぁ」 「うーん。元々ナルキッソスは美しいけど嫌なヤツで、他の女神にも別の呪いをかけられていたみたいなんです」 神話の時代からそういう男がいるのかぁ~、と薫さんが大げさに天を仰ぐ。 「ただ、自分自身を愛するようにって呪いをかけたのはネメシスなんですよね。亡くなり方は諸説ありましたけど、ナルキッソスがその呪いゆえに命を落としたってのは共通してました。私、この話を知ってナルシシスト育成所の名前がネメシスなのは、ある意味納得ってゆーか、ピッタリだなぁって思ったんです」 「確かに。当初のナルキッソスじゃナルシシストの語源にはなってなかったでしょ?きっと。語源となった新生ナルキッソスは、ネメシスの呪いの産物ですものね。相反するようで産みの親か……。義憤の女神ねぇ」 薫さんは面白そうにウッスラ笑みを浮かべながら、私の書いたネメシスに関する文章を指で撫でた。
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