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「義憤なんて言葉、なかなか使う機会無いですよねぇ」
「義憤……道義にはずれた事や不公正な事に対する憤りかぁ。まず使わないわね。どっかの政治家が使ったら急に流行るんじゃない?忖度みたいに」
あり得ますねぇ、と笑って、結局当初の悩みは何も解決していない事に気付く。
「薫さん、薫さんは今の所、何か閃いてますか?条件の答え」
「え?ぜーんぜん。ただ……」
そう言うと、椅子がひっくり返りそうな位のけぞっていた薫さんが、ガバッと身体を戻した。右手で文字を書きながら、左手の指の腹でトントンッとピアノを弾くようにデスクを叩く。何か閃いた時の薫さんのクセだ。
「華音のさっきの言葉が、一字一句正確なら、小池さんは『納得する答え』じゃなくて『納得する言葉達』って言ったんでしょ?」
「改めて聞かれると自信無くしちゃうけど、確かにそう言ったはずです」
「違ったら悪いけど、小池さんは華音が分かり切った答えを、どんな言葉で返してくるかを知りたいんじゃない?」
――どういう意味?
薫さんの脳みそについていけなくて思考がゆっくり停止する。そんな私に構わず薫さんは続けた。
「後、わざわざ言ってきた『理念』はキーポイントよね。その意味をよく考えてみて。ネメシスとナルキッソスも絡めるといいかもしれないわね」
そんな風に言いながら何かを書き続けた薫さんが「はい」とその紙を渡す。さっきから出ていた理念、ネメシス、ナルキッソス、という単語以外に、育成、ナルシシスト、言葉、美、執着、と文字が書いてあった。
「無責任に考えをまとめるポイントを言ってるだけだから、私も何か浮かんでるわけじゃないの。期待させてゴメンね」
「えぇ。あの薫さん、納得する言葉達って何なんでしょう?」
「最初は答えが違うのかと思ったけど……きっと単純に個人情報の保護で正解なのよ。小池さんは難しい答えを待っているんじゃなくて、自分に相応しい美しい言葉達を待っているんじゃないかしら。違ったら悪いけど」
自信が無かったのか、薫さんは「違ったら悪いけど」を繰り返した。
「そう……なんですかねぇ」
どうして薫さんがそう思ったのか全くわからない。
釈然としなく、そう発した時「チーフ、打合せお願いします」と薫さんに声が掛かった。
「はーい!と言う事で。私が一緒に考えられるのはここまで。後は華音が頑張って考えて、検討を祈る」
簡単だと思っていたものが、急に得体の知れない何かに姿を変えてしまったようで、気が遠くなる。
解放されたように足取り軽く去る薫さんの後ろ姿を見ながら、溜息が止まらなくなった。
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