過去の亡霊

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過去の亡霊

それから半年後。 私は実家を出て、海が見える町で一人、新たな生活を始めた。 元夫、理一郎と暮らしていた場所から遠く離れたこの町は、心のキズを癒すにはちょうどよかった。 心機一転、仕事も探した。 結婚前は、大学図書館で司書をしていたのだが、そう簡単に司書の仕事があるとは思えない。 しかし、職業安定所の人に、たまたま空きがあると言われ、幸運にも街の小さな図書館で働けることになったのだ。 大久保館長と、ベテラン司書の神谷さん。 あとは大学を卒業したばかりの佐々木くんと私を入れて計四人の職場は和気あいあいとしている。 その上、大好きな本に囲まれて働けることが楽しくてたまらなかった。 そうやって過ごすうちに、私の生活は充実した。 半年前、精神がおかしくなりそうな環境にいたなんて思えないほどポジティブなっていた。 過去の出来事を思い出すことは、もうない。 私はすっかり理一郎さんのことを考えなくなっていた。 「奈緒美さん、ちょっと閉架書庫行ってくるから、悪いけど受付おねがーい!」 神谷さんの良く通る声が聞こえ、休憩中だった私は事務所からいそいそと受付に向かった。 「はぁい。どうぞー」 声をかけて受付に座ると、神谷さんが「ごめん!」と小さく手を合わせて裏に消えた。 従業員が少ないこの図書館は、受付返却作業は基本一人である。 街の人口も少ないし、いつもそんなに混んだことはなく、人手も要らないのだ。 巡回図書館のワゴン車で各公民館を回っている佐々木くんがいない時は、私か神谷さんが受付に座ることになっている。 私は手元の返却された本を、後ろの棚に戻す作業を開始した。 とは言ってもたった4冊。 作業はすぐに終わり、今度は新しく入る予定の新刊図書リストをチェックする。 あら、好みの本が沢山入るわ。 これは絶対読まなくちゃ! ワクワクしている私の前で、自動ドアの開く音がした。 返却かな?と、サッと前を向くと、自動ドアの前にスーツの男がいて、キョロキョロしている。 何かを探しているのかしら? 声をかけた方がいいのかな? 戸惑いながら男を見ていると、彼はやっと受付を探しあて、にこやかに早足でやって来た。 優しげな目元。 ほどよく厚みのある唇。 クセのある歩き方。 笑いながらこちらに来る男の顔に、私は見覚えがある。 それは、忘れかけていた過去の亡霊だった。
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