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青柳のカエル
酔っぱらっていたせいで、ぼーーっと歩いていたので気が付くとうっすらと明るいような、でもなんかぼんやりとしか見えないような場所にいた。バスセンターの近くにこんなところがあったか?名古屋駅の周辺は少し歩き回ってるから、いくら酔っぱらっているからってそこまで変なところに行くはずはないと思うんだが。
「ここは・・・どこだ?」
とにかく歩いていこう。たしかこのあたりには警察署もあったはずだし。
ところが夜のはずなのに真昼間の霧の中って言ったらいいんだろうか。明るいのに周りがぼんやりとしていて良く分からない。酔っ払っていても足元はなんとか見えるから、ふらつきながらうつむき加減で歩いていると、急に目の前が開けてきて妙なものが見えてきた。柳の木のようなものが生えている根元に真っ赤な敷物が敷いてあって、その上に何かが座っているように見える。こんなところで何をやっているんだろう。だいたい名古屋駅の近くに柳の木なんか生えてる場所があったかな。
よく見ると座っているのは着物姿のカエルだ。いや、カエルにみえたけどよく見たら違った。黒い茶釜の前でお茶をたてているお爺さんのようだった。
「一服、いかがかな?」
甲高い声にびくっとした。周りを見回しても誰もいないので、自分に声をかけたんだろう。
「いえ、あの。お抹茶は・・・その、よくわからないので。」
「ほっほっほ。ふつうに飲めばよろしいのですよ。どうぞどうぞ。」
そういわれて仕方なく赤い敷物の上に座った。正座をするのは苦手だけれども、思ったより敷物がふかふかしているのか足は痛くなかった。さらさらとお茶をたてる静かな音が聞こえる合間に、どこかでぴちゃんぴちゃんという水滴の音か魚の跳ねているような音が聞こえるくらい静かだった。
「さ、どうぞ。」
そういわれて受け取った茶碗には緑色の液体がどろっと入っていた。それより茶碗を差し出した手がまるでカエルか河童のような水かきがあったように見えたのだけど、見間違いなのだろう。なんとなく物がはっきり見えづらく、うすぼんやりとしか見えないせいに違いない。
「いただきます。」
そういって思い切って飲んでみれば、苦いかと思っていたせいか意外なほど飲みやすく甘みもあるような気がした。
「美味しいですね。」
「それはそれは。お口に合ってなによりです。実はお待ちしてました。」
「え、僕をですか?」
その通りというように、大きくうなずくおじいさん。
「先日は娘が助けてもらったそうで、ありがとうございました。」
「は?いや、人違いでしょう。」
「いやいや、あなた様に間違いございません。娘が危うく食べられてしまうところを、あなた様が通りかかって助けてくださったと。」
「そんなことをした覚えはないです。やっぱり人違いです。だいたいここはどこなんですか?僕は名駅からバスに乗って帰るところだったんだけど。」
その時、黒い髪の若い女の子が現れた。
「先日は、危ないところを助けていただきまして、ありがとうございます。」
真っ黒な丸い瞳に見つめられて、僕は一瞬クラっと来た。いやいやこんな美人を助けたら覚えてないはずはない。
「この子が蛇にすくんでいるところを、あなた様が通りかかって蛇をやっつけてくださったと聞きましてなあ。」
「あ・・・。」
そういえば数日前だったか、キャンパスの中を歩いていたら茂みに蛇がいたっけ。気が付かなくてしっぽを踏んづけたら、蛇が茂みから急に飛び出てきたのでビックリしたことがあったな。あのことだろうか。でもその時に、こんなかわいい子がいたっけ?えっと、それに食べられそうにって、やっぱりカエルなのか?
「驚かせてはいけないと思いまして、ここでは人の姿をしておりますが、お察しの通り私どもはカエルなのです。」
「あぁ、えっと、そうなんですか・・・。」
どうみても普通に美人の女の子に見えるんだけどなあ。
「お礼に、なんでも望みのかなうドラゴンのところにお連れしますので。さあこちらにどうぞ。」
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