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 それでも僕はいつもの通勤と変わらない行動をとっていた。意識ではなく身体が自然にそうさせていたのだ。もちろん僕は会社に行くわけではなかった。しかし会社にいかないとなれば、いったい僕はどこに行けばいいのか。通勤電車の一駅区間ごとにいろいろな選択肢を考えたが、明確な答えは出てこなかった。かといってなけなしの小遣いで奔放に移動できるわけでもない。だから僕は、定期券内であまり行ったことのないところで降りてみることにした。  降りたのは新幹線も止まる大きな駅だった。あまり行ったことはないとはいえ、過去には何度か訪れたことはある場所。しかしいつ何しにきたのかはおぼつかない。たとえ大きな駅でも、特別な用がないかぎり普段はあまり馴染みのない駅もあるものだ。それでも以前来たときは駅の構内はもっと人混みでごった返していたのは間違いない。右に行く人、左に行く人、斜めに行ったり急に引き返したりする人。人混みは予測不可能な導線が入り乱れていた。  しかしそんな場所も、今日は閑散としていた。  僕は駅を出た。駅前を見渡し、自分の嗅覚を頼りに、繁華街と思われる方に歩みを進めた。  期待通り、ファーストフード、蕎麦屋、牛丼店、携帯ショップ、コンビニ、居酒屋、その他の飲食店、様々な店が立ち並んでいた。しかし、この界隈にも人気はなかった。平日の午前中ということもあるかもしれないが。  ふとカラオケ店が目に止まった。大手のチェーン店だ。一人でいくのは気がひけるが、カラオケならそれなりに時間もつぶせるかもしれないと思った。しかし近づいてみると入り口に貼り紙があり、この先2週間ほど休業すると記載されていた。  僕はもう少し周辺を歩いてみた。よくみれば、どこもかしこも周辺の店舗はいたるところで店を閉じていて、似たような貼り紙がされていることにようやく気がついた。  静かすぎる非日常。  そんな世界だった。僕はその中をなんの目的もなくただ歩いていた。  近くの少し開けたところに喫煙エリアがあった。パーテーションで仕切られた狭い空間に、周辺オフィスのビジネスマンがひしめきあいながら煙をふかしていた。虚な目でじっとどこか遠くを見つめる人。スマホに夢中でタバコは二の次の人。目に見えないウィルスという脅威を、あたかもすべてがフェイクニュースであるかのように、楽しげに仲間と語り合う若いビジネスマン。  そんな人たちをみて、この危機的な状況の予兆に当事者意識をもてない人たちだと思った。しかしそう思った瞬間、僕はそんな人たちのことをとやかく言う立場ではないことを悟った。  僕はまだウィルスに感染していない。…はずである。検査はしていないが体調はいつもと変わらない。しかしこんなふうに出歩いていればいつか感染するかもしれない。明日にも襲いかかるかもしれない脅威。にもかかわらずそれを実感しない人。頭ではわかっている。しかし自分のこととして捉えられない。僕もただ、その人たちのうちの一人にすぎなかったのだ。
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