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 そのとき白い古びた自転車をキコキコこぎながらお巡りさんが近づいてきた。僕は特にやましいこともないが、チラッとお巡りさんを確認するなり違う方ヘ目をそむけた。なぜだかはわからない。しかしそれが何かあやしいとでも思ったのか、お巡りさんはブレーキをかけると、屈託のない口調で僕に話しかけてきた。  「お疲れ様です。お勤めですか?こんな時分にご苦労さまです」  こんな時分?感染拡大防止のため外出自粛を求められている最中ということか。  「あ、はあ、まぁ。でも今日は休みなんで」  「あ〜お休みですか。であれば不要不急の外出は避けてくださいね」  そうか。そういう注意を促したかったのだ。しかしそんなお巡りさんだって同じ人間だ。巡回していれば感染のリスクは避けられない。医療従事者に限らず、自己犠牲を顧みず国民のために尽くす人々がいることを目の当たりにして、僕は心を打たれた。  「あ、はい、ご忠告ありがとうございます。ちょっとジョギングにきただけなんで。軽いジョギングならいいんですよね?」  僕は急になにを言い出すのか。自分の言葉に耳を疑った。誰がどう見たって僕はランナーのような格好をしていない。ビザジネスカジュアルでリュック型のビジネスバッグを背負っている。当然、走ってもいない。冗談のつもりか。なんとなくその場を和ませたいのか。さっきのドラッグストアの感覚が尾をひいているのか。たまにこういうことがある。自分でも予期せず、よく言えばある種のサービス精神を発揮することがあるのだ。  しかしそんな経口がよっぽど気に入らなかったらしい。お巡りさんの表情が一変したのを僕は見逃さなかった。案の定、お巡りさんは語気を強めた。  「そういう身勝手な人がいるからダメなんですよ!わかりますか?今はみんなが一丸となって、自粛しないといけないんですよ!まったく…自分だけよければいいという人が多すぎる。みんなでやるときはやるんですよ!協調性ですよ。大事なのは。社会人ならわかるでしょ?社会のルールですよ!」  僕は返す言葉がなかった。反論のしようもない。僕は普段からいたって従順なタイプだ。自分ではそう思っている。日ごろから社会のルールに従っているつもりだ。だからそんな言われようは心外だった。しかし、客観的にみれば、今のこの状況ではそう言われても仕方ない。  とはいえ、とはいえだ。周りを見たら他にも同じような輩がたくさんいる。なぜ、よりによって、僕だけにそんなことを言うのか。まるで、鼻から僕だけを狙っていたかのように。  僕は、むしゃくしゃした内心とは裏腹に、丁重に返答した。  「はい、すみません。もう帰ります」  お巡りさんはそれには何も応えず、帽子をかぶり直すなり、すぐさま立ち去っていった。
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