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《中編》
龍也のマンションのエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込んだ。迷わず3階を押してしばし自分だけの時間に浸る。第一声、なんといえばいいだろう。今まで俺ってなんの話をしていたっけ。
ポンっと音がしてエレベーターが開く。
龍也の部屋の前で一度深呼吸してようやくインターホンを鳴らす。数秒して中からパタパタと足音が聞こえて、ガチャリと鍵が開く。そしてその次の瞬間、俺は思わず声もなく固まった。
「おかえり」
中から出てきたのは龍也ではない、かと言って全く知らない顔でもない。出てきた男も俺の顔を見て息をのんだ。
「ここで何してるんだ、優斗」
結婚式以来会っていなかった弟にぬぐい切れない違和感を覚える。
「兄貴こそ今更何の用だよ」
「お前に用はない、龍也に用があるんだ」
敵意を全面に押し出した優斗に俺は苛立ちを隠さないまま応戦する。そしてふと先ほど感じた違和感の正体に気がついた。
目の前にいる弟はあまりにも俺に似すぎていた。それは兄弟だから、という理由では到底説明しきれない作為的な類似性。髪型も、服装も、俺の知る優斗が好むものではない。そこまで理解してある可能性が浮かぶ。
「お前・・・」
俺が二の句を紡ぐ直後、「玄関先で何やってるんだ」そう第三者の声が遮る。俺と優斗が思わず声の主を振り返る。
「龍也」
そこには一年前と何も変わらない龍也が立っていた。そしてその後俺と優斗を交互に見比べ、眉をひそめる。
優斗は好戦的な先ほどとはうってかわって龍也と目が合うや否や、泣きそうに顔を歪めた。
龍也が俺たちに一歩距離をつめ、何か言いたげに口を開いた。その時何も聞きたくないと言わんばかりに優斗は「ごめんなさい」と謝罪の言葉を残して、龍也が上がってきたエレベーターのほうとは逆の非常階段のほうへと駆け出し
た。
「え!?あ、おいっ」
優斗追いかけようとする龍也の腕を掴んで無理やりこちらに目を向けさせる。
龍也は突然腕を掴まれ驚いた様子で俺を見る。
「本物はこっち」
「・・・本物?」
俺の言葉に龍也は訝し気に問い返した。
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