《後編》

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《後編》

訝し気に首をかしげた龍也の頬に手を添える。職場からこのマンションまでの道のりで冷えたのか、龍也の体温は冷たかった。 「あいつは俺の弟の優斗」 だから本物はこっち、そう言って龍也の顔にゆっくりと顔を近づける。 キスをするのは久しぶりだった。行為の最中滅多にキスなんてしなかったから。なんだかいけないことをするみたいでドキドキした。 「・・・やめろ」 唇と唇が触れる瞬間、微かに龍也がそう言うのが聞こえて俺はぴたりと動きを止める。龍也から拒絶されるのはこれが初めての事だった。 「キス、嫌いだったか?」 「別に・・・嫌いじゃない」 「ああ、外ではさすがにまずいか、それなら早く中入れてくれ」 龍也からの拒絶にショックを受けていた。俺からのキスを拒絶するのは外だからかと勝手に解釈して俺は笑う。それでも笑顔一つ見せない龍也に俺の不安はますます高ぶる。 「あ、もしかして俺と優斗を間違えてたこと気にしてる?まあよく似た兄弟だし、別に気にしてねえよ」 電話口とかだと親にさえ間違えられるし、なんて笑いも空笑いに終わる。 まっすぐと俺を見上げた龍也は一切の表情なく、俺の言葉が途切れるのを待つとようやく口を開く。 「なあ、雅人、俺がお前と優斗を本気で見分けられなかったとでも思ってるのか」 「・・・え?」 「気づいてたさ、初めから。半年前からお前に扮して俺の前に現れたのが優斗であることくらい」 得体のしれない恐怖を感じたのは、目の前の龍也が俺の知る龍也らしからぬ表情を見せるから。見たことがないほど冷めた目を向けるから。もしかしてこの龍也も優斗と同様に誰かと入れ替わってるんじゃないかと思ってしまうほどに。 「気づかないわけがない、だってそこまでがすべて俺の計画の内なんだから」 恍惚とした表情でしゃべり続ける龍也に俺は呆然とする。 「計画?」 「そう、計画だ、すべては計画通りだったんだよ、お前さえここに来なければ」 明かな殺意じみた声と表情に息をのむ。この男は誰だ。さっきからいったい何を言っている。 「すべては優斗を手に入れるためにもう何十年も前から始めた計画だ」 本当に長かった。龍也はそこで一息つくように大きく息を吸って吐いた。 「俺の計画にもうお前は不要だ」 二度と俺の前にその顔を見せるな、そう言って龍也は一度も俺を振り返ることなく優斗の後を追う。 俺は扉の前でずるずると座り込んだ。 「『ついで』だったのは俺のほうか」 初めての失恋はあまりに深く俺の心をえぐった。 囚われているのはお前の方だと思っていた。けれどいつしか俺がお前に捕らわれていた。いつしか俺の方がお前に堕ちていた。 龍也の後ろ姿が次第に遠ざかっていく。 ――好き、好きだ、愛してる。 こんな時ですら、想いは言葉にならず、繋ぎとめる術は何一つ浮かばない。産まれて初めて温かい何かが俺の頬を伝って流れていった。
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