おまけ【ある年のバレンタイン】

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おまけ【ある年のバレンタイン】

バレンタインの日は俺にとってうれしくもあり、悲しくもある一日。 家が近所である龍也はいつも同じ時間に雅人を迎えに来る。そして、バレンタインの日も同様に同じ時間にやってきて、雅人に手作りのチョコレートを渡す。これは毎年恒例である。 「よっしゃ、今年初の一個目ゲット」 高校生にもなって無邪気に喜ぶ雅人。龍也にもらわなくても学校でいくつももらえるのだから受け取らなくてもいいじゃないか。恨みがましくそんなことを思ってしまうのは龍也の本命チョコを受け取る雅人がうらやましく妬ましいから。 「おはよう優斗」 俺が玄関を出れば龍也が笑って俺に声をかけ、雅人と同様の包みを俺に手渡し た。 「よかったら優斗も。口に合うといいけど」 「・・・ありがとうございます」 龍也からもらえるチョコレートならなんだって嬉しい。それが例え友チョコにもなりえない義理チョコだと分かっていても。 「一個目」じゃない、この「一つ」で俺は充分だ。 その日は毎年山のようなチョコを抱えて兄は帰宅する。甘いものが好きな雅人はその量を数日ですべてぺろりと平らげてしまうのだが。それでもその数多くのチョコの中でも龍也のものを決まって最後まで取っておくのは、何か意味があるのだろうか。 「龍也のチョコって毎年すげえ凝ってると思うけど、苦めだよな」 「え、悪い、口に合わなかったか」 次の日玄関先でそんなことを話している二人の会話を何気なく聞いていた。まだ食べるのが勿体なくて包みを開けてすらいないが、確かに龍也の作るものは毎年ビター系、いわゆる甘さ控えめなものが多い。 「俺が甘党なの知ってんだろ」 「来年は気を付ける」 「去年も同じこと言ってたけどな」 そんな何気ないやり取り。 その日学校から帰ってきてすぐ、包みを開けてチョコを含む。雅人の口には合わない苦めなそれが自分には美味しく感じる。それがなぜか堪らなくうれしくて胸が痛い。きっと人に言ったら笑われるようなちょっとした優越感。 苦くてほんのり甘い、それが俺のバレンタイン。
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