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《後編》
あれから半年経つが、雅人からの連絡はいまだ無い。
なんの音沙汰も無いまま、それでも俺はただひたすらにあいつからの連絡を待ち続ける。
こちらから連絡する手段が無いわけではなかった。でも、それをしたら女と一緒だ。あいつが嫌う「面倒な女」になってしまう。
あいつからの連絡を待ち続ける半年という歳月はあまりに長かった。
毎朝同じ時間に起きて、電車に乗って、仕事に行って、家に帰る。何度このサイクルを繰り返せばあいつに会えるのだろう。気がくるいそうだ。
もしかしたらもう会いには来ないのかもしれない。気づかぬうちにこの関係は雅人の中で終わっているのかもしれない。そんな考えが心をよぎる。ただせめて、終わりなら終わりだと言ってほしい。そうでなければ俺はいつまでも来るはずのないお前を待ち続けてしまうのだから。
そう思ってもこの半年、俺が他の誰かに体を許したことは無い。女を抱いたことも、男に抱かれたことも。雅人のためじゃない、そもそも俺が他の男に抱かれていたとしても彼女ができていたとしても雅人は何も思わないだろう。ただ、一度でも他の誰かに心を委ねてしまえば、体を許してしまえば、もう引き返せないと思った。流されてしまうと思った。だからすべては自分のためだ。弱くて卑怯な俺自身のため。
俺は今日もいつもと同じ一日を繰り返す。これが明日も明後日も続いて行くのだと思うと気が重い。あいつがこれから先一生俺の前に現れなければ、俺は仕事を退職するまで同じ毎日を繰り返すのだろうか。
仕事を終え、家への帰りを急ぐ。
今日は休みを控えた金曜日。同期のやつに飲みに行こうと誘われたが断った。もしかしたら今日こそは雅人から連絡が来るんじゃないかと期待して。
ノリの悪い奴だと思われてもかまわなかった。一年経った今でも、俺は雅人の事しか見えない。
電車を降りて、マンションまでの一本道をひたすら歩く。今日は随分と冷え込むな、などと思っていると見計らったかのように雪が降り始めた。
コートのポケットに手を突っ込んでマフラーを口元まで上げれば僅かに寒さが緩和される。それでも、寒いものは寒い。こんな日は無性に人肌が恋しくなる。心も体もすべて抱きしめてほしい、温めてほしい、そう願ってもその相手はいないのだ。
《今日は早々に帰って熱い風呂にでも入ろう》
そう無理矢理思い直して気持ちを切り替える。それでも無意識にぽつりと零れ落ちる俺の本音。
「会いたいな」
言葉にしたら余計に寂しくなって泣きそうになる。冷たい空気が頬を刺す。
マンションにたどり着き、エントランスで暗証番号を押す。四桁の数字をおし、決定をおせば扉が開いた。
俺がマンションの中へと一歩足を踏み入れた時。
「龍也」
後ろで誰かが俺を呼んだ。一瞬幻聴かと思った。その声はいつになく優しく俺の名前を呼ぶ。待ちわびていた想い人に涙が零れ落ちる。
俺はゆっくりと振り返った。
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