《前編》

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《前編》

 しばらく顔を合わせることのなかった実兄、新垣 雅人が実家を訪れたのは俺が大学受験を終えてすぐのことだった。雅人は5年前東京の大学に進学し、卒業後も実家に戻ってくることはなくそのまま東京で就職を決めた。長期休みなどは数日間こちらに帰ってくることはあったが、そこまで仲のいい兄弟というわけでもない、リビングなどでたまたま顔を合わせても二言三言言葉を介してすぐに会話は途切れた。  俺たち兄弟は昔からよく似た兄弟だといわれることが多かった。確かに声も顔も身長も、皆が言うように俺と雅人はとても良く似ていた。だが性格だけは別だった。兄の雅人はうらやましいほどに器用で、気さくな性格ゆえ誰からも好かれていた。一方自分は兄に比べ酷く不器用で人見知りだった。兄がなんでもないことのようにこなすすべてを俺は血のにじむような努力をしてようやく手にすることができた。兄があっさりと入学した大学も俺は果てしない努力の末にようやく合格にまでこぎつけたのである。  決して不仲というわけではない、ただただ一方的に俺が雅人に向けて闘志と敵意を燃やしているだけの話だ。雅人は俺の欲しいと思うものをいつだって簡単に手に入れる。そしてそれがさも当然のような顔をしている、それが許せないのだ。  今年の春から俺は雅人が卒業した大学に進学する。下宿に必要な荷物を整理していると戸棚の奥から懐かしい写真が出てきた。俺の小学校の卒業式に撮られた写真だ。俺の隣には学ランに身を包み微笑む一人の青年の姿がある。俺は思わず目を細めた。  青年の名は高梨 龍也、兄の恋人であり、俺の初恋の人。  俺が東京の大学に進学を決めたのは兄に張り合うためではない。ただただこの初恋の人に会いたいがためだ。一目顔を見られれば諦めもつくと思った。その声を聞くことができれば満足できると思った。 この人は兄のものであり、この想いが報われないことは自分が一番よくわかっている。  笑っている顔がみられればそれでよかった。たとえ好きな人を幸せにするのが自分ではなくても、彼が幸せならそれでよかった。そばにいられればそれで十分だった。  俺はその写真を手帳にはさみそれをかばんにしまうと引越しの準備を再開した。
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