《後編》

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《後編》

兄の口から知らされた「結婚報告」になんとか拳を押さえたのは、両親があまりに嬉しそうに笑うから。俺は衝動を抑え込むようにぐっと拳を握りしめ、唇を噛みしめた。 このことをあの人は知っているのだろうか。これを聞いてあの人は人知れず泣いたのだろうか。それを考えるとやるせない。今すぐにでも龍也のもとに駆け付けてその体を抱きしめたいと願うけれど、それはきっと許されない。ただの「幼馴染の弟」であるだけの俺は龍也を慰めることも出来はしない。今も昔も俺は何もできない無力なガキだ。 どうして龍也の好きな人は俺ではないのだろう、何度この問いを繰り返しただろう。俺なら雅人の様に傷つけたりしない、誰よりも大切にするのに。 「そういえば優斗、大学受かったんだってな、おめでとう」 「・・・ああ」 突然雅人に話を振られ、思わず空返事をする。そんな俺に「気ぃ抜けてんな」と雅人は笑ってその後つづけた。 「今年の春から東京に下宿するんだろ、龍也が近くに住んでるから連絡しておいてやろうか」 お前も数か月は慣れない土地で心細いだろ、なんて。どこまでも無神経な男だ。どうしてここで龍也の名が出せる。 器用にできた兄を演じる雅人の提案に思わず笑いそうになる。雅人が平気でこんなことを俺に言ってくるのは俺の龍也への想いに気づいていないからなのか、それとも俺ごときに龍也を取られるはずがないと見くびられているのか。 「さすがに恥ずかしいしいいよ、住所だけ念のため教えておいてほしい」 そう俺も仲の良い兄弟を演じて笑う。兄の婚約者も両親もそんな俺たちのやりとりを優しく見守っている。結婚の挨拶は終始和やかな雰囲気で執り行われた。 俺は兄から受け取った龍也宅の住所を見て覚悟を決める。 笑っている顔がみられればそれでよかった。たとえ好きな人を幸せにするのが自分ではなくても、彼が幸せならそれでよかった。そばにいられればそれで十分・・・そう思っていたはずなのに。 抑え込んできた積年の想いがこみ上げる。もう見ているだけは嫌だと心が叫ぶ。どうしてもこの人を手に入れたい。たとえ、どんな手を使っても。
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