《前編》

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《前編》

バレンタインの日、龍也は決まって毎年のように手作りのチョコを作って俺に手渡した。同時に優斗にも同じようにラッピングされた同様のものを渡していた。 「毎年優斗の分まで作ってこなくたっていいのに」 それは俺と龍也が高校に上がり、優斗が中学に上がってもなお続いたため俺は呆れながらにそういうと、「ついでだから」そういって龍也は笑った。 義理チョコ、友チョコというにはあまりに丁寧に作られたバレンタインチョコレート。それが誰のために作られたものであるのかなんて、ずっと前から気づいていた。優斗や他の友人に同じように与えられるその包みは俺の目をごまかすためのカモフラージュであることに俺は気づいていた。 いつも冷静で聡明な龍也が俺にだけ見せる特別な表情と感情が確かに存在した。そこには確かな優越感があった。 俺の前だけ、龍也は笑顔を見せた。感情を吐露した。俺だけに人間らしい情熱的な瞳を覗かせた。 龍也が俺に惚れてることなんて、ずっと前から分かっていた。 酷いこと、傷つけることをする度に一瞬覗かせる人間じみた、らしくない龍也の表情に興奮を覚えた。明らかに「嫉妬」している、と訴えるその目にどんな女より感情が粗ぶるのが分かった。 その度に自分の中に芽生えている他とは違う感情に戸惑って、ますます龍也を傷つけた。不慣れな感情に一番振り回されているのは自分自身だった。 『そういえば俺、結婚することになったから』 この言葉で俺は龍也にどんな言葉を期待したのだろう。どんな表情を見たかったのだろう。 男としてのプライドがあった、不安定な龍也との関係に不安があった。だから、俺は言葉通り結婚することにした。 思えば初めから答えは出ていた。ただ、認めたくなかった。それだけだ。 龍也からの連絡を待っている自分がいた。それに気づいたとき、あまりにはっきりとあまりに簡単に俺は自分の想いを自覚した。結婚してからもどこか上の空だった。いつもどこか空虚感があった。 もう待つのはやめよう。俺が手を伸ばせばいつだって手に入るのだから、俺はただあいつの手を引くだけでいい。好きだと囁くだけでいい。 今朝、妻に遅くなると告げて家を出た。いつになく緊張し、いつになく浮足立つ自分に気づいてそれが存外悪い気分ではなかった。
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