秘密基地

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秘密基地  法隆寺の地下には大きな空洞がある。 1. 運命  紐解かれた巻物がヒラヒラと舞いながら▪▪▪上から降って来た。そのまま落ちて行き、音もなく深い暗闇に溶け込んで行く。一体何だ?  考え始めた途端、急に明るくなり真っ赤な炎が立ち上がった。複数の黒装束の影が見えた!曲者だ!瞬く間に辺り一面火の海に!!家族を救わなければ!「火事だ!逃げろ!」しかし、声が、声が出ない!「逃、逃、逃げろー!」  体を揺すられて目が覚めた。「あなた、あなた、どうなさいました?ウオーッと凄い声。またあの夢を?」と妻が心配そうに聞く。誠之助は頷いた。  何度も見るこの夢のことを親友の久兵衛に話した。久兵衛は誠之助の顔を覗き込みながら真顔になって言った。   「目の下に赤黒い隈がある。目付も尋常じゃない。悪霊に憑かれているかもしれんぞ。"おばば”に見てもらえ。何か胸騒ぎがする。すぐに行け!」 妻に言われた時は面倒だと思ったが親友に言われてその気になった。  代々霊能者の家系であるおばばは、不気味なことを言った。「玉虫、蛇が見える。どうやらお前は法隆寺に縁の深い人物の子孫じゃ。血筋は悪くないが身近の恐ろしい敵に疎まれる宿命を背負っている。それはお前の先々を大きく狂わせる。背筋が凍える。」   一体何の話だ?と、無気味な予言に反発を覚えながらも、誠之助の心はフラッシュバックしていた。  子供の頃、斑鳩の森で遊んでいた。木の根につまずいて転んだ。無意識に手に何かを握んでいた。立ち上がって手を開けてみると、玉虫が一匹入っていた。その美しさに驚いた。それ以来、玉虫に特別な愛着を抱いていた。  また、いつだったか森の中を散歩していた。蝉時雨が賑やかな日で、桜の木に蝉の脱け殻を見つけて、息子に見せてやろうと足を向けた。刹那、何か木から落ちるのが見えた。音がした。枝?と思って下草の辺りに目を凝らして見た。ギョッとした。毒蛇が木の根本でトグロを巻いていた。  おばばの話は本当だと直感した。これらの鮮明な記憶、そして自分の置かれている今の悩ましい状況。ピタリと一致する。誠之助は実直な人間で人から信頼されていたが、同時に堅物で意固地な面があり、相容れない敵が出来ていた。しかも強敵で、目端が利いて要領がいい。誠之助は真剣になった。「おばば、わしはどうすればいい。教えてくれ。何でもする。」「白牙に頼むがいい」「分かった。で、何を頼めばいい?」「地下空洞への案内を」「それで?」「後は自ずと分かるであろう」 2. 闇の通路  白牙は優れた建設技能集団である。頭領は妻の一族だ。頭領に会いに行った。誠之助の深刻な様子を見て頭領は人払いをしてくれた。そして一通り話を聞くと、居ずまいを正して平伏した。「太子のご子孫とお見受け致します。実は予感はございました。太子には先祖が大変お世話になりました。そのご子孫にこうしてお会いできるのは誠に光栄の至りです。仰せの通りご案内申し上げます。」 え?タイシ?  約束通り新月の晩に頭領はやって来た。お供は獰猛そうな犬だった。頭領に何かあれば迷わず襲いかかる気迫がある。頭領への絶対の忠誠心が見える。すごい犬だ。  頭領の後をついていくと法隆寺南大門の仁王像の前に着いた。「ここでお待ちください」と言う。待っていると、手にぼうっと光る炎の玉を持って現れた。「これから闇の世界に入ります。私が入口を開けます。この明かり玉の導きに従って進んで下さい。これは持ち主の心に反応します。」と言い、その玉を渡してくれた。軽い。熱くもない。  頭領が呪文を唱える。犬が低く唸る。仁王像の前の空間が波紋を描き中心の闇が次第に深く大きくなった。「今です。まっすぐお進み下さい。私たちはお帰りをお待ちします。」  誠之助は言われるまま明かり玉を持って真っ直ぐに進んだ。突き当たりまで行くと扉があった。鳳凰が彫られている。この先に何があるのだろう?まさか黄泉の国ではあるまいが引き返すなら今しかない。ゴクリと生唾を飲み、進むしかないと自分に言い聞かせて扉に手をかけた。  そこは部屋だった。西洋風のテーブルがあり、椅子があり、誰もいないが灯りがともっている。「ごめん。どなたかいらっしゃるか?」と尋ねた。すると「どうぞお入り下さい」と声がした。姿は見えないが誰かいるようだ。中に入る。テーブルの上で置物の鳥の目が赤く光った。「ようこそ。お名前とご用件をどうぞ。」鳥が喋った。    名前は言ったが、用件は···そうだ、タイシに会いに来たと言えばいい。そう答えると鳥は「確認致します。少々お待ちください。」と言って、花に嘴を付けて何か話している。そして「お待たせしました。どうぞお進み下さい。」と言うと、目の光が消えて動かなくなった。え?進む?どこへ?と思うと、明かり玉に引っ張られた。壁に扉。また鳳凰の彫り物だ。 3. 修行  たどり着いた所は、薄暗い、しかし広い豪華な部屋だった。絵で見たことのある貴人が、笑顔で迎えてくれた。すぐに誰か分かったが信じられない。あの鳥と同じ作り物かもしれない。聖徳太子がこの時代に生きている筈がないのだ。タイシと言ったって···。  「その、まさかだ。よく来てくれた。ここは半霊界だ。縁のある死者と生者とが魂で交流出来る所だ。この日を待っていた。そなたに頼みたいことがある。」え?半霊界?待っていた?「ちょっと待って!」と言おうとするのに口が勝手に答える。「はい。何なりと。」  太子は透明な器に水を入れて差し出した。「疲れたであろう。先ずは少し喉を潤して、あちらで休まれるがよい。」太子が指さす方を見ると肌ざわりの良さそうな異国風の敷物が敷いてあった。水を飲むと人心地がついた。敷物は柔らかかった。途端に猛烈な眠気に襲われた。  誠之助は、先を歩く二人の後をついて行った。足元がフワフワする。雲の上を歩いているようだ。綺麗な花が咲き乱れ、小川がサラサラと流れている。美しい蝶が飛び回り、心地よい小鳥の囀りが聞こえる。ここは何処だろう?  先頭の二人は小高い丘の上に登ると立ち止まり草の上に胡座をかいた。太子は、誠之助を呼び寄せて、一緒に座るように言った。そして相手を紹介してくれた。絶対にあり得ないことだが、お釈迦様だというのだ。この半霊界では友達同士だと太子は笑いながら言う。そんなことを世間で言ったら気違い扱いされるに決まっている。  その日から誠之助は”修行”に入った。太子とお釈迦様の指導で!運命は変えられると言う。そのための修行とのことだった。いかにも誰でもできそうに言うので、それならやってみようという気になった。しかし、それは想像を絶する修行だった。潜在していた、ありとあらゆる悪い感情が噴出した。活火山のように。全く制御不能なその感情を減らすというのだ。己の心の内の醜さに赤面した。  来る日も来る日もと自分との闘いだった。何度も苦しくて逃げ出そうと思った。しかし太子は心を読んでいた!そして、ひと言で、またやる気にさせられた!その繰り返し。しかし、少しずつ精神が柔軟になり矛盾を飲み込む包容力が身についてきた、と感じられるようになった。 4. 再出発  そんな時、ふと我に返って家族のことを思った。すると、そこへ太子が現れた。そして笑顔で言った。「よくここまで頑張って来られたね。そなた以外では無理であったろう。お陰で子孫が不幸な運命から免れるのを知ることができて本当に嬉しい。心からお礼を言う。さて、そろそろ家族のもとへ帰りたいのではないか?無事な姿を見せてやるがよい。ささやかな物だがこれを受け取って欲しい。」と笑顔で小さな箱を渡してくれた。何でも分かっているのだ。太子との別れは辛かったが、家族に一刻も早く会いたかった。  明かり玉に導かれ、無事に南大門の仁王像の前に戻った。新月の夜だった。まるで時間が止まっていたかのように、そこに頭領と犬が立っていた。しかし、あれから三年経ったという。三年後に戻ることはおばばから聞いていたそうだ。  家族は信じられないものを見る目付きで誠之助を見た。「大丈夫だ。ほれ、この通り、ちゃんと足はあるぞ。」と、足をポンと叩いて言うと、そうではなくて別人のように柔和になったのに驚いたのだ、と言う。本当かと思ったが、久兵衛もまた同じようなことを言った。やれやれ、参った参った。そんな自分だったとは全く思っても見なかった。  おばばにも帰参の報告をした。おばば嬉しいことを言ってくれた。「荒れた精神が清められ、穏やかになり、世の中も人も穏やかに見えるようになったようじゃな。毒蛇のような怒気が消えている。お陰で恐ろしい運命も免れたようじゃ。これからは奥方と楽しみを増やして行かれるがよいぞ。まだまだ女心が分かっておらんようだからのう、ワッハッハ!」  誠之助にとって意外だったことがもう一つあった。あれほど対立していた手強い敵が、人が変わったように協力してくれるようになったのだ。自分もその相手の良いところが見えるようになった。ものの見方が狭かった。本当に運命が変わったと確信した。心から太子に感謝した。 5. ネットワーク  白牙は実は蟻を操る特殊能力があった。元々は白蟻を、後には様々な蟻を操れるようになった。法隆寺の建設と並行して、白牙は秘密の地下空洞を無数の蟻によって作った。太子の計画に沿って。  太子は、半霊界という超自然的な空間の存在をすでに知っていた。それは自分がお釈迦様に出会ったことがあったからである。ある時、一心腐乱に写経をしていた最中に、知らずに眠りに落ちた。目を覚ました時に、いや、もしかしたら夢の中だったのかも知れないが、お釈迦様が目の前にいたのだ。そして半霊界の話をした。  太子は今は別の半霊界に行っておられる。半霊界は異国の地にも作られており、お釈迦様やハムラビ王も作った。これらは互いに時空を越えて繋がっており、言わば、異次元ネットワークで繋がった秘密基地なのだ。何の秘密基地かって?分からないかなあ。  太子は、ほぼ百年毎に別の半霊界に滞在してその地で縁ある人達と交流しているよ。定められた不幸な運命を克服して、世の中で本来の力を発揮して生きられるよう再生するために。それは何のためかって?鋭いね。君ならきっと分かると思うよ。さて、特別なことが無ければ、太子が日本に戻るのは早くて数百年後だそうだ。
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