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【斎藤奏汰視点】5
周囲に誰も人影のいないのを確認して僕は相馬を振り返る。
「なんで突然走るの」
「ごめんね」
「なんで謝るの」
耐えきれなくなった涙がころころと相馬の頬を伝って、それはまるで真珠みたいにきれいだった。
「俺バカみたいじゃん」
必死に涙を隠すように拭ってもとめどなくあふれ落ちる涙は止まらない。
「奏汰が好きな人と結ばれる手伝いなんかして馬鹿じゃん本当」
「相馬君、ごめん、話を聞いて」
「聞きたくない、何も聞きたくない」
耳を両手でふさいで俯く相馬の掌に自身の掌を添えて、その場に片膝をつく。ぎゅっと目をつむった相馬の唇を下からすくい上げるようにして奪う。驚きに見開かれた相馬の瞳と視線がぶつかった。
「どうして」そう口ずさむ唇を再度塞ぐように重ね合わせれば相馬の両耳をふさいだ掌は力なく落ちた。
「なんで俺にキスするの」
「相馬君が好きだから」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
君に話さなければならないことがたくさんある。伝えたい言葉が山ほどある。
「あの日、僕は君に浮気してもいい、いつでも関係を破棄してもいいって言った」
「そうだ、奏汰はほかに好きなやつがいて、だからこんな提案をしてきたんだ
ろ?」
「違う、君がなんの条件もなしに僕と付き合ってくれると思えなかった。自信がなかった。どうすればもう一度君に会えるのか、必死に考えた。僕と婚約してくるなら、もう一度会うチャンスをくれるなら、僕はなんだって構わなかった」
「俺は浮気なんてしない、婚約破棄なんてしない」
「僕だってしない、するわけがない」
鼻をすする相馬の頬の涙の後をぬぐう。
「最初はそれでも構わないと思ってた、でも、君への想いが次第に膨らんで重くなって、苦しくなった。大勢の中の一人でもいいと思ってたのに、あともう一回会いたいと思っただけなのに、気づけばそれじゃあ足りなくなってた」
唯一になりたい、毎日会いたい。
君の笑顔が見たい、君を笑顔にしたい。
ただ、君を幸せにしたい。
「君のすべてがほしい、他の誰にもあげたくない。君の時間も、君の心も、君の全部、全部、僕のものにしたい」
これほどの独占欲と執着を僕は知らない。
これほど狂おしく愛おしいと思う存在を僕は知らない。
「俺はずっとαが嫌いだった」
その言葉にひゅっと胸が締め付けられる。それでもまっすぐと僕の目を見る相馬から目を背けてはだめだと思いなおす。
「αはいつだって傲慢で自己中心的。俺たちを見下して悦に浸ってるやつばっかりだ」
でも。泣きそうな顔で相馬は微笑んで僕の頬にそっと自身の掌を添えた。
「αなのにこんなにも不器用で、優しくて、物腰柔らかくて、努力家で、まじめな人、初めて見た。こんなにも心が奇麗で素直な人を俺は知らない」
昔からαらしくないと馬鹿にされてきた。
αなら簡単にできるだろうことが自分は努力なしにはできなかった。
鈍くさくて、気弱なαもどき。口下手で不器用なαの成り損ない。
胸を刺すような僕の短所をこんなにもきれいな言葉で表現してくれる人、きっと世界中どこを探してもいない。相馬だけだ。
「奏汰が好き、好きだ」
「相馬」
僕たちはもう一度キスをする。
今度は間違えない。もう一度、最初からこの関係を始めよう。
「僕と結婚を前提に、お付き合いしていただけませんか」
「もちろん、喜んで」
とびっきりの笑顔でそう答えた相馬の顔を僕はきっと一生忘れない。
きっとうまくいかない日もあるあだろう。どうしようもないとすべて投げ出したくなる日もあるだろう。
それでも、毎日が幸せとは言えなくても時に喧嘩して時に泣いて、そのたびに仲直りしながら共に人生を歩んでいこう。
【RE:START 《終》】
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