【斎藤奏汰視点】1

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【斎藤奏汰視点】1

文系の王子と姫と聞けばおそらく皆が同じ二人を思い浮かべる。 佐々木 忍と渡辺 相馬。皆が陰ながらベストカップルとささやく二人の存在を僕は雲の上の存在のように時折見かけてはその姿を目で追っていた。 一方的な片思い、誰もがこの二人に目を惹かれずにはいられない。 しかし光の世界の住人であるかのような彼らには絶えず真実とも嘘とも判断のつかない噂が飛び交う。特に印象的だったのは文系の姫もとい、渡辺 相馬の男癖が悪いという噂話。真実かどうかは定かではないが、あれだけ美しい人だ、何人も相手がいたとて不思議ではない。そしてたとえ自分が遊ばれていると分かっていてもきっと人は彼を手放すことなどできないのだ。 しかし幸か不幸かそんな別世界の人に夢中になっているほど、僕の所属する学部とゼミは暇ではなかった。毎週山のような課題に追われ、それを片付ける。それを繰り返している内は当分恋など二の次だ。そもそも自分は恋にあこがれるようなたまでもないのだけれど。 らしくもなく愛だの恋だのを考えるのは、親から見合いの話を切り出されたからだ。小中高、そして今に至るまで学校の行きかえりのみを繰り返す僕を気遣ってのことだった。大学生でお見合いなんて早いよ、そう言っても早いにこしたことないでしょ、心配なのよ、と言われてしまえばそれを断るのも忍びない。とりあえずお見合い写真とやらを人生ではじめて撮って先方に送った。 両親はイケメンだの男前だの褒めてくれるが決して僕は大した容姿じゃない。 そもそも先方も僕の見合い写真をみてこの話を取り下げるかもしれない。それならそれでまあいいや、そんな程度に思っていた。だから親から先方の見合い写真を見せてもらってはいなかった。 しかし意外にも先方はこの見合い話を了承して、その場所へ向かう車の中でお見合い写真を見せられた。 衝撃だった。その人は僕がいつも遠くで見つめていた絶対に手の届かない人だったから。 どうして僕なんかとの見合いを受けたのだろう。そもそも彼には王子もとい佐々木 忍がいるのにどうして。 すべての答えは一つの不確かな噂につながる。「渡辺 相馬は男癖が悪い、尻軽、やるだけやって飽きたら捨てる」。お見合いの最中も頭の片隅で僕の思考を阻害する。 「奏汰はこのお見合いどう思ってる?」 その質問に言葉が詰まる。なんと答えるのが正解なのか。 ずっと手が届かないと思っていた憧れの人。しゃべってみたら意外にも男らしくて、さばさばしていて、でもそのギャップも堪らなく好感的だった。僕の言葉に耳を傾けてくれるのも、興味をもってくれるのも夢みたいだった。 この関係を終わらせたくなかった。自分はなんと答えれば彼との関係を終わらせずに済むのだろう。たとえ遊びでも構わなかった。 「俺に会ってどう思った?素直に結婚相手としてあり?なし?」 僕が言葉に悩む間に相馬は矢継ぎ早に会話を進めていく。落ち着いて考える暇 なんてなかった。 「いや、全然、無理なら無理でいいから、そんな思いつめた顔するなよ」 「無理じゃない、無理じゃない、けど」 相馬の言い様はまるで僕にこの縁談を断ってほしいみたいだ。僕は食い入るようにそれを否定して、なんとか相馬が承諾してくれる妥協案を考える。 「けど?」 「お互い、その、縛りすぎない関係にしよう」 相馬が僕に望むのは重すぎない、遊びの恋愛。本命は学園の王子だ。僕にはかないっこない。妥協したふりをしながら、実際はすべて僕の我儘だ。僕が相馬との関係を終わりにしたくなくて提案したのは今思えば自分で自分の首を絞めるような馬鹿な提案。 「その、僕と婚約したからって相馬君が他の誰かと浮気しても僕は咎めないし、相馬君が僕のことを嫌いになったらいつでもこの関係を破棄してもいいって提案なんだけど」 ただこの時はどうか提案を断らないでほしいと願った。しばし思案したように目をつむって、相馬は笑った。僕は憧れの人が自分との関係を切らずにいてくれることにその日はひたすらに誰にともなく感謝した。
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