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【斎藤奏汰視点】4
意を決して相馬にラインをした。
<「明日行きたいところがあるんだけど空いてる?」
あの日の王子との食堂でのやりとりは相馬には内緒にしてもらうことにした。自分の言葉で誤解を解きたいから。傷つけてしまった分、自分自身の言葉で謝りたいから。
デートプランは彼が相談に乗ってくれた。ずっと敵視していた人は味方になったらものすごく心強かった。
>「空いてる」
>「髪切りたいんだって?」
>「というか忍といつの間に友達になったの?」
どうやらデートプランが少し漏れているらしい。
<「忍君とはいろいろあって」
<「忍君から相馬君がそろそろ行きつけの美容院に行く頃だから一緒に行ってきたらどうかって」
<「いいかな」
その後「OK」という絵文字のスタンプが送られてきた。
その日はそわそわしてよく眠れなかった。
「なんか・・・すごく緊張する」
「美容院が?」
おしゃれな美容室の前で僕がしり込みしていると相馬が可笑しそうに笑って僕の腕を引いた。
「いつもどうしてるの?」
「自分で切ったり、母さんが切ってくれたり」
僕の母さんという言葉にお見合いの時の僕の母親を思い出したのか相馬は目を細める。
「奏汰のお母さん、優しくて面白い人だったな」
「母さんも相馬君のこと気に入ってたよ、今度お家おいでって」
「本当に?なんかすごい嬉しい」
僕の家族のことでそんなに幸せそうに微笑むからなんだか泣きそうになった。
小学生以来の美容院にがちがちに緊張し、担当の美容師さんに本気で心配されながらようやく席に着く。どんな感じにする、と聞かれて一瞬相馬のほうに視線をやって、答えた。
「好きな人と釣り合えるようなかっこいい男になりたいんです」
その返答に美容師のお兄さんは「いいね、青春」と笑った。
「じゃあおまかせってことで」
僕はその言葉に大きく頷いた。
しばらくして担当のお兄さんに背を押されるようにしてすでに散髪を終えていた相馬の前にまで押し出される。雑誌を読んでいた相馬が僕の気配に顔を上げて固まる。
「なかなかよくない?どう?」
「すごく・・・かっこいい、と思う」
「素材がいいならいかさないともったいないよ」
素材がいい、初めて言われた単語に少し意味を考えてしまう。髪の毛の質がいいんだろうか、とか。しばらく固まっている相馬に首をかしげながら、相馬も少し髪が短くなってそれもそれでいいなって思った。前も可愛かったけど。
「相馬君も似合ってる」
「ん、ありがとう」
二人でお金を払って店を出る。僕と相馬を担当した美容師さんが見送りに出てきてくれた。
「好きな人と釣り合うかっこいい男になったかな」
「好きな人?」
僕が止めるより前に口の軽い僕を担当した美容師のお兄さんが話してしまう。髪を切ってもらっている間にいろいろと相談に乗ってもらっていたのは事実だが、相馬にこのタイミングで聞かれたくなかった。
「奏汰君、好きな子に告白するんだって。今日の散髪もその前準備なんだって」
「そうなんだ、全然知らなかった」
作り笑いとわかる笑顔が痛々しい。今にも泣きだしそうになった相馬の手をつかんだ。
「今日はありがとうございました」
礼を言って相馬が僕に何かを伝える前に僕は相馬の手をつかんだまま走り出した。
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