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【渡辺相馬視点】3
「そういえば昨日のお見合いどうだったの?」
何気なく問われて俺はしばし返答に悩んだ末、答えた。
「付き合うことになった」
「え、まじで?そのわりにテンション低いじゃん、相馬」
何、何があったの、そう興味津々と言わんばかりに俺を問いただすのは大学の友人、佐々木 忍。高い身長、甘いマスク、気さくな性格の彼は一見育ちのいいαにしか見えないが、実際は俺と同じΩである。俺と忍は、毎週のように俺が忍の部屋に入り浸るほどの深い仲である。「お前が勝手に押し掛けてくるんだろ」と忍の幻聴が聞こえてくるが、いったん無視する。
「なあ、忍。浮気してもいいってどういうことだと思う?」
「え、それをお見合い相手に言われたの?」
「ああ、「縛りすぎない関係にしよう」、俺が「誰かと浮気しても咎めないし、嫌いになったらいつでもこの関係を破棄してもいい」、そう言われた」
あらら、また変わったお相手だね、忍はそう言って少し考え込む。
「一つ目、相手には相馬とは別に好きな人がいる」
その相手とはバース性とか家の問題とかの関係で付き合うのは困難で、相馬との関係を隠れ蓑にしてその相手との関係を続けたい可能性。まあ、単純に特定の相手とかじゃなくて、複数の相手がいてその関係をとやかく言われたくない可能性も無きにしも非ず。
「二つ目、世間体」
今回のお見合いって相馬とお相手さんの両親が組んだ縁談なわけだろ、当然親の顔を立てるってこともあるだろうし、αとΩの結婚って世間体もいいわけだろ。せっかく舞い込んだお見合いで相馬みたいな美人、逃したくないよね。
「三つ目、相馬のことは好きになれない事前通告」
まあ他に心に決めた人がいるにせよ、それとも相馬自身に興味がないにせよ、あるいは人を元々好きになれないのかもしれないけど、自分は相馬に相馬が思うような愛を与えてはやれないっていう事前通告。まあ、相馬のことを好きになれないなんてよっぽどだけど。
「・・・まあ今思いつくのはこのくらいかな」
「いずれにせよ絶望的だな」
重々しくため息をつく俺の横で忍はまだ何やら聞きたげにこちらに視線を向ける。「なんだよ」そう視線に問い返せば忍は口を開く。
「でも相馬はその相手と付き合うことにしたんでしょ」
「まあ・・・」
「あのα嫌いの相馬が、こんな変わった相手にオッケーを出したってよっぽど
刺さるものがあったってことでしょ?」
何がタイプだったの?性格?顔?
「しいて言えば・・・性格?」
「どんな?」
どんなって聞かれると困る。俺はあの日の奏汰を思い出しながらゆっくりと話し始める。
「αなのに傲慢じゃなくて、不器用で、控えめで、優しくて、物腰柔らかくて、努力家で、まじめで、あと両親がすごくいい人そうだった。この人と結婚したらきっと幸せだろうなって、そう、思って・・・」
「相馬」
驚いたように名を呼ばれ顔を上げればぽろりと頬を雫が伝う。それが涙だと気づいて自分自身が一番驚く。
肩を抱かれ頭を撫でられたら涙が止まらなくなった。
初めてαを好きになった。こんなにも心惹かれる経験をかつてしたことがなかった。
結婚するなら運命の人と、なんて別に乙女みたいな幻想を抱いていたわけじゃない。ただそれでも人並みの幸せくらいは結婚相手と築いていきたいと、毎日が幸せとは言えなくても時に喧嘩して時に泣いて、そのたびに仲直りしながら共に人生を歩んでいくのだと思っていた。
それすらもきっとできない。でももう奏汰以外との結婚は考えられない。行き場のない思いが涙となってとめどなく流れ落ちた。
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