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黒蜜綿菓子のような空に裂け目ができて閃光が水面を照らし、薄っすらと魚影が見えた。
七色の巨大な鱗が海底を遥か沖まで埋め尽くしている。
水面は静かで僅かな波も立たない。
空気までもが凍り付いたかのように微風すら吹かない。
竿を握り締めた僕の手が静寂の中で激しく震えている。
海底を埋め尽くした七色の鱗が、角度にして四十五度くらい、ゆっくりと右回りに回転した。
一瞬、肺と心臓が止まった。
もう限界だ。僕は竿から手を放して少しずつ後退りした。
砂浜に落ちた長尺の竿が、まるで爪楊枝のように海中に吸い込まれていく。
もう少し竿を放すのが遅かったら、危なかった。
相手に気付かれないように、慎重に、そっと、そっと、後退りする。
ところが砂に足をとられて、うまく進めない。
そのとき、生暖かい風が僕の項を撫でた。
物凄く嫌な予感がする。
ヒュルヒュルという音が鼓膜を微かに揺らせた。
ヒュルヒュルがビューに変わり、バタバタというヘリコプターの翼ような爆音に変わった。
物凄い風圧で僕の身体は軽々と宙に浮き、浮いたまま海に向かってまっしぐらに飛んでいく。
水面が渦を巻き、真空になり、ブラックホールが現れて、僕はその中に、錐もみ状態で吸い込まれていった。
「ヘルプ ミー プリーズ!」
裏返った滑稽な声と共に僕は見たことの無い異様な空間に放り込まれてしまった。
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