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せんせ、と呼ぶ声を今でも思い出せる。キスをすると、少し恥ずかしそうにはにかむ。おれの首に腕を回して甘えてくる姿がかわいくて。深いキスをするとそれに答えてくる姿が魅力的で。ハマっていく自分がいた。
飲みいくと一緒に帰るのが当たり前になった頃、休みが合うとたまに出かけるようになった。大人びて見える彼女だけど、遊びに行くとはしゃいで笑う姿はまだ少し学生のようで。よく考えたら8歳も歳下なのだと改めて思わされた。それでも素直に感情を出す彼女の隣は居心地がよかった。
「はい、おつかれ。」
「おつかれさまです。」
「どうなの、最近。」
「最近すか?んー、どうでしょうね。」
仕事終わり先輩と飲みに来たら、早速その質問が飛んできた。
聞いてこない同期と、この先輩は違う。何の気なしになんでも聞いてくる。
「なに、籍いれたの?」
「いや、まだです。もう少しすかね。」
「ふーん、そう。」
「なんです?」
「アイツのこと、いいのかと思って。」
同期でさえ触れてこなかったそれに、この先輩はやはり触れてくる。
なんと説明しようにも、なにもなかったんだ。始まってすらいなかったあの不思議な関係は、終わりなんてありはしなかった。
ただ、彼女はわかっていた。おれはいつも別れるとき、いってらっしゃいと言っていた。泊まった次の日もお互い仕事のことが多かったからだ。でもあの日おれは、いってらっしゃいではなく、ばいばいと言った。その意味を彼女はきっとわかっていた。
「一緒にいても、たぶん、傷つけるだけなんで。」
ふと、出た言葉だった。
「この歳になると、色々あるじゃないすか。」
色々ある、なんてきっと言い訳なんだと思う。
親にある人を紹介されたのはいつ頃だったか。彼女に出会う、少し前だったように思う。その時感じたのは、きっとこの人と結婚することになるのだろうということだった。
「お前、今幸せ?」
「どう、なんすかね。」
彼女がおれを慕っていることはわかっていた。おれたちの関係は曖昧でお互い何も言わず、ただ一緒の時間を過ごすだけだった。
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