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矛盾世界 004 閑話休題
「ええと、つまり君は、こいつと同じ人間の人に目をつけられていたんだね」
先輩は、用意したお茶をスプーンでくるくると回しながら、総括した。
「そうみたいです。兆候があったようでして」
「まあ、見つけられたのがこいつじゃなくて良かったんじゃない? 変態野郎の瀬川よりはマシでしょ」
淡々とそう言われると、何の反論もできなくなる。
まあ、僕もいたんですけれどね。
いっそ馬鹿にしたような声色で言って欲しかった。
めっちゃ本当のことみたいじゃないですか。
「いやいや、先輩」
「未桜でいいよ」
「味噌先輩に言われたくないですよ」
「わたしゃ朝ごはんか」
「すみません。でも、未桜先輩の方があの時積極的だったじゃないですか」
「忘れたな」
そして先輩は一口ぐっと飲んで、「なるほどなるほど」と相槌を打った。
「ちなみに、その頃君は何をしていたのかな」
僕に指をさす。
「僕は、さっき言っていた北側の大通りの事件を調査していたんですよ」
ほえーと先輩は頷く。嘘を吐くつもりはなかったけれど、どうせすぐにばれるからいいかと、そんな風に考えていた。
もっと言えば、それも全部把握しているんだろうけれど。
「てっきり君が犯人なのかと思ってた」
「なわけないじゃないですか」
僕はもう、そちら側の人間じゃない。
「おーけー、頭の整理もついたし、続けてくださいな」
「僕、トイレに行ってきてもいいですか?」
「分かりました」
僕は本当にトイレに行きたかったわけではない。
どこかに逃げ出したいだけだった。
この後を聞くには、それなりの覚悟が必要だった。僕がもしも話すのなら、なあなあにしてごまかすところだった。
それくらいに、人間の醜いところが集まっている。
好きと嫌いの混ざり目。
その色は、紫がかった暗闇。
廊下の窓を開けて、テニス部を見学していると、うしろから「やっほ」と声がした。
その声の主は、紛れもなくうてなだった。
「外村か。腹の傷は大丈夫か?」
「へーきへーき。どうしたの? 勉強?」
「違うよ」と言いながら、僕は親指でフリースペースを指す。彼女は「なるほど」と一言つぶやいて、それから「大変だねぇ」と僕の肩を叩いた。
「あの先輩、君にくっついてばかりで」
彼女は、ため息をつきながら僕のスペースを奪う。
「仕方ないでしょ」
僕は離れて、背中を壁につける。
「そうね、それが彼女の生きる条件だし」
むうっと頬を膨らませながら、くるっと体を半回転させる。
「嫌いじゃないしね」
「嘘つけ。めっちゃ嬉しいくせに」
彼女は悪戯っぽく笑う。
「もちろんだろ?」
僕もその笑顔で返す。
「いいなぁ。そんなに愛されて」
天井を見上げる彼女に、少しだけ子村さんを重ねる。
彼女も、そんな気分だったのだろうか。
いや、彼女はそんなに軽いものじゃない。
「別に僕は、一人だけしか愛せないとは言っていないけれどな」
「そんな人に愛されたくはない」
即答だった。
「さいですか」
そして、彼女は快活に笑った。
その笑顔はまさしく天使そのもので、太陽だった。
窓から吹く風が優しく僕らの髪を揺らす。
「ねえ、先輩のことどうするの?」
彼女のトーンが下がる。真面目な声色で、僕に突きつける。
「どうするも何も。先輩がしたいように、僕が後押しするだけだよ」
「具体的には?」
見つめる彼女の体躯は小さい。上目遣いの彼女に、僕は本心を言い渡す。
「生きたいって言ったら生かす。死にたいって言ったら、容赦なく殺す。それだけ」
「意外とドライだよね」
乾いた笑いを見せる。
「そんなつもりはないけどね」
西日がまぶしかった。
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