1.汽車は春の丘を越えて

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 しかしこうやって息子のことを笑うが、中高六年間のハツキのこの態度を放任していたアリタダも、母親のユウコもただ者ではないとハツキ自身は考える。  そもそも自分をチグサで育てようと決めてくれたことが、ベーヌでは前例のないことだったのだ。  そんな自分の親に今更何を言い返したところで、軽くいなされてしまうだけだ。  ハツキは無言のまま小さく首を傾げると、シードルのグラスを口許に運んだ。  林檎の香りと柔らかな酸味が心地よい。 「あ、父様と兄様、いいもの召し上がってる」  シードルを飲むハツキに声をかけてきたのは、探検から戻ってきたサホだった。姉婿のサネアキも一緒にいる。  末娘の姿に、アリタダは笑って手招きをした。 「まだ預けてあるのがあるから、グラスと一緒に持っておいで」 「サホ、俺が取ってきてやるから、おまえは座って待っておけ」  サホの肩を軽く叩いてサネアキが食堂車に向かう。  サホは軽い足取りでハツキ達の座るテーブルへやって来ると、ハツキの隣の席に腰を下ろした。  そしてにこにことしながら、グラスを口にするハツキを見つめてきた。
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