1.汽車は春の丘を越えて

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 ハツキは視線を落とし、無言でシードルのグラスを傾けた。  ──そんな手放しで褒められるような容姿なんてしてないだろ。  父と妹が勝手に進める会話に、胸中でこっそりそう呟く。  曾祖母のフウコの若い頃の写真は、ハツキも祖父の屋敷に行くたびに目にしていた。サホが言う通り、写真の中の曾祖母は美しい姿をしていたが、彼は自分が特に彼女に似ているとは思っていなかった。  ──本当はみんな。  曾祖母よりも彼女の双子の妹である、夭折したユキコに似ていると言いたいのではないか。ハツキはそう勘ぐっていた。  フウコはハギワラ家の出身だ。フウコの若い頃の写真や肖像画は、ハギワラにもカザハヤにも多数ある。けれども、ユキコについては、婚前の曾祖母と二人で描かれた肖像画が一枚あるだけだ。他に彼女の姿を偲ぶものは一切残されていない。  現在その肖像画は、カザハヤの曾祖母の部屋に飾られている。  双子の姉妹であるだけあって、ユキコもフウコと同じく美しい女性だった。しかしハツキが彼女たちの肖像画を見るたびに感じるのは、ユキコが曾祖母に比べると随分と儚げな印象をしているということだった。   ハツキ自身、自分が母親譲りの女顔であることについては認めない訳にはいかなかった。  けれども、美人だと言われる曾祖母姉妹のどちらとも、ユキコのある一点以外には特に似ているとは思っていなかった。
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