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「兄様、大丈夫?」
ハツキが席を立つために場所を譲ったサホがハツキの顔を覗き込んできた。
彼女にも微笑をして返す。
「少し寝不足なだけだよ。お父さん、ごめんなさい。ちょっと失礼するね」
ハツキの断りにアリタダも手を上げて応じる。それにもう一度頭を下げて、ハツキは談話室になっている車両から寝台車へと戻った。
※
ベーヌ線の寝台車は二人用個室が並ぶ作りだ。
今回は貸し切りで運行しているので、各自に一室が割り当てられており、ハツキの部屋は隣室を空室とした一番後ろ寄りの部屋だった。
部屋に入って上着とベストを脱ぎ、ネクタイも外してハンガーに掛け、シャツのボタンを緩めて寝台に腰掛ける。
部屋の外の景色は、葡萄畑も過ぎて落葉樹の森になっていた。
動く汽車の中からでは観察は出来ないが、きっとその枝々にも、ベーヌとは異なり既に春の新芽が芽吹いているのだろう。
ハツキは溜息をついて窓のカーテンを閉めた。たたまれていた毛布を広げて寝台に横になる。そして毛布にくるまると身体を丸くした。
昨夜も同じようにしていたが、慣れない空気や、狭い汽車の中ではどうしても感じてしまう他人の気配に殆ど眠ることは出来なかった。
サネアキも言っていたように、今も寝られるとは思えない。
それでもせめて、何も考えないようにしようと思いながら、ハツキは目を閉じた。
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