1.汽車は春の丘を越えて

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     ※  近づいてくる人の気配に意識が浮上するのを感じる。  予想に反して眠っていたらしい。  幸いいつもの『夢』は見ないで済んだようで、眠りに落ちたことも、寝ていた間のことも記憶にはなかった。  ベッドに上体を起こして額をおさえる。  完全にすっきりした訳ではないが、頭の奥から疼痛を感じていた先程よりも随分と気分が良くなっていた。 「ハツキ、いいか?」  部屋の扉をノックし、通路から声をかけてきたのはサネアキだった。 「開いてるよ」と、手を下ろしながら答える。  ハツキの答えに、サネアキは扉を開けて中に入ってきた。遠慮なく寝台の横にやって来てハツキの顔を覗き込んでくる。 「良かった。眠られたようだな。こちらの車両に人が来ないように頼んで正解だった」 「どうりで……。ありがとう、アキ兄」  昔から自分のことを知る十二歳上のこの義兄は、こうやっていつもハツキを気遣ってくれる。素直に感謝の言葉を口にすると、サネアキは嬉しそうに笑った。 「ああ。おまえが休めたのなら何よりだ。ところで、そろそろ昼食の時間なんだが……食べるだろう?」 「もうそんな時間? もちろん食べるよ。ここの食事、美味しいもの」
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