1.汽車は春の丘を越えて

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 その言葉に従ってサネアキがハツキの背を押して席に誘導する。  反論の機会を失ったハツキだったが、ほんの僅か視線を落とした後、大人しくサネアキに従い席に着いた。  四人が揃ったのを受けて食事が運ばれてくる。  腕のいい料理人による昼食を食べた後、サネアキが言った通りハツキは再度部屋に戻って休むことになった。 「アキ兄、もう大丈夫だよ」  ハツキ自身は午前中も休んだことで、それなりに体調も良くなっていたことから、もうその必要はないと考えていた。  けれども、サネアキは頑として譲らなかった。 「ヴィレドコーリにはお祖父様とカザハヤの親父、それになによりユキがいるんだ。おまえに何かあったら、俺があいつにどんな嫌みを言われるか、解ったものじゃない」  そう言われると、祖父や伯父はもちろんのこと、サネアキの実弟でハツキの従兄にもあたるサネユキが兄に対してどのような態度を取るかは想像に易かった。  弟からの小言を思い浮かべて眉間に皺を寄せるサネアキの様子に、申し訳ないなと思いつつもくすりと笑ってしまう。  そうしてハツキは素直にサネアキの言葉に従ったのだった。  言われた通り午後からも部屋で休み、夕刻に自分で起き出した。  昼からも眠ることが出来たので、その時には気分はすっかり良くなっていた。
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