1.汽車は春の丘を越えて

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 午前中から閉め切ったままだった窓のカーテンを開けて外を確認する。  今もまた丘陵地を縫うように汽車は走っていたが、太陽が西に傾き、丘に機関車からの煙と車体の影が長く伸びていた。  身なりを整えて部屋を出る。通路の窓からは夕方の日の光が車内に差し込んできていた。  談話室に顔を出すと、一番最初にハツキに気づいたサホが手を振ってきた。  サホの向かいの席で新聞を広げていたサネアキも顔を上げてくる。そこにアリタダの姿がないので不審に思って車内を見渡すと、奥の長椅子で横になっているのを見つけることが出来た。  おそらくハツキが部屋で休んでいたので、自室に戻ることなくここで休んでしまったのだろう。 「……お父さんに、悪いことをしたね」 「気にするな」  新聞をたたみながらサネアキが笑う。 「客室は狭くて窮屈だとおっしゃってね。どうせ俺達しか乗客はいないからと、あそこでお休みになったんだ。今回の行きだけのちょっとした贅沢さ」  ハツキがサホの隣の席に腰を下ろすと、早速スチュワードが用を尋ねにやってきた。紅茶を頼むと、私もとサホが言ってくる。 「兄様、ここお菓子もとっても美味しいの。お召し上がりになったらどう?」
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