1.汽車は春の丘を越えて

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「美味しいからって、ほぼ全種類食べているのもどうかと思うけれどなあ」  サネアキに苦笑交じりに突っ込まれて、サホが軽くふくれる。 「だって、車内の探検はしてしまったんだもの。だったら後は、お外の景色を眺めることと食べることしかないでしょう? それにアキ兄様、せっかくの美味しいお菓子をいただかないのはもったいないわ」  元気のいいサホの答えに、用を伺っている最中のスチュワードも思わず吹き出す。  笑いながら「お気に召していただき光栄です、お嬢様」と礼を言ってきた。  屈託のない妹にハツキも微笑みながら尋ねる。 「だったら、何かいただこうかな。サホのお勧めは何?」 「タルトタタンが一番! 甘酸っぱい林檎にカラメルのお味もしっかり利いていて、そしてタルト生地もさくさくで美味しかったわ!」  妹と自分の味の好みは似ているので、彼女が勧めるものにまず間違いはない。ハツキが彼女の勧め通りにスチュワードへタルトタタンを頼むと、彼女は嬉しそうに笑った。 「ヴィレドクルワーゼに着くの、何時だった?」  運ばれてきた紅茶と、サホの言う通り絶品と言えるタルトタタンを口にしながらサネアキに尋ねる。  ハツキからの質問に、サネアキはベストのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。 「十七時五十分頃だ。今が十六時半だから、あと一時間とちょっとだな」  前回の旅の記憶からすると、給水停車ももうない。ベーヌからの長旅も、もうあと少しだった。  菓子を食べ終えると、ハツキも紅茶を片手にサホと一緒に窓の外に目を向けた。  丘の木々も、春の夕陽に影を伸ばしている。
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