1.汽車は春の丘を越えて

19/20
前へ
/224ページ
次へ
「もうすぐヴィレドコーリの街が見えてくるのよね」  初めてヴィレドコーリを訪れるサホは、話に聞く王都のきらびやかな姿が待ち遠しいようだった。  ハツキたちの故郷ベーヌでは、州都ベーヌ市の中心部や、カザハヤやチグサといった裕福な家が自家用発電機で発電する以外に電気がまだ普及していない。  そんな地方とは異なり、王都であるヴィレドコーリには既に街中に電気が行き渡っており、夜も明るく照らし出されている。  一月(雪月)に受験でヴィレドコーリを訪れたハツキも、ヴィレドコーリ市内でも高台に位置する祖父の屋敷からの眺めに目を奪われた。  月の光に照らされることはあってもベーヌの夜はやはり暗いし、闇夜になればそれこそ地上は暗闇の中に沈み込む。  けれどヴィレドコーリは夜でも街自体が明るく光り、屋敷のベランダから目にした光景は、まるで地上に星空が広がっているように感じられた。  しばらくそうやって妹と外を眺めていると、長椅子で横になっていた父親も起き出してきてサネアキの隣の席に着いた。  眠気覚ましにスチュワードに珈琲を頼む。  アリタダは珈琲がやってくると、こめかみを押さえながらカップに角砂糖を数個入れ、スプーンを掻き回した。  その姿を見てサホが眉を顰める。 「父様、お砂糖入れすぎ。母様にいつも注意されているじゃない」 「おいおいサホ、お母さんがいない時ぐらい大目に見てくれよ」 「もう、今回だけなんだからね」  他愛もない会話にサネアキが笑いを洩す。  ハツキも父と妹の様子に薄く微笑んでから、また視線を外に向けた。
/224ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加