1.汽車は春の丘を越えて

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 汽車はそこで大きく汽笛を鳴らし、丘を回り込むように大きく弧を描いて曲がった。  サホが一際大きな歓声を上げる。 「兄様、見て! ヴィレドコーリの街が見える!」  緩やかな勾配で丘を下る線路の横の崖の下をクルーヌの河が流れていた。  この河はベーヌとルクウンジュ国内の他の地方を隔てるダインリュー山脈を起源とする。  ダインリューの山間部では線路の傍の流れの速い渓流だったが、山脈を抜けてからは線路から離れた場所を流れていた。  それが今は川幅も広く水量も増して滔々と流れる。線路と川の流れが向かう前方には、西の地平線に沈みゆく夕陽に照らされながら、それ自身も光をともし始めている街が広がっているのが見えた。  街が見え始めると到着はもう間近である。  川沿いの線路を走り汽車は見る間にヴィレドコーリに近づいていく。  車窓から見える景色も、もう羊や山羊が群れ、葡萄畑が広がる丘や、様々な木々が生い茂る森だけではなく、王都郊外の人家が見え始めていた。  それらの家々や道路の街灯にも明かりが点いている。また、往来を行く車や人の数も街に近づくにつれ多くなっていった。  ベーヌでは祭などの催事の時でもなければ目にしないような、そんな車や人の群れにサホの目が大きくなる。  やがて終着のヴィレドクルワーゼ駅に近づいた汽車が車輪を軋ませながら減速を始めた。  汽笛が再び高く鳴り響く。  そうして汽車はゆるゆると目的地の駅に入っていった。
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