1.汽車は春の丘を越えて

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1.汽車は春の丘を越えて

 高く汽笛が響く。  昨夜出発した汽車は、ベーヌ地方を出るまで山間部の川沿いを走っていた。  一夜明けて朝になると、汽車はベーヌを出て色とりどりの花々が競うように咲く、ルクウンジュ国内の一般的地形であるなだらかな丘陵地帯に入っていた。  三月(風月)の下旬のベーヌは未だ雪が深い。しかしここでは、新芽萌ゆる若草を食む羊や山羊の群れがいる丘を、ベーヌでは未だ蕾が固い房アカシアの黄色、白木蓮の白、桜の薄桃色などが彩っていた。  その景色が、春の暖かい陽光と霞がかった淡い水色の空の下、眠気を誘わんばかりのうららかさで続いている。  皆で朝食を摂った後、ハツキは一人談話室の席に着き、彼の緑の瞳を車窓から外に向けてそんな春のルクウンジュの景色を眺めていた。  受験のために王都に向かった前回の往復同様、今回も往路を貸し切り運行としているこの汽車には、一緒に王都に向かう家族の他には乗務員しかいない。  贅沢だと思う。けれど、カザハヤの祖父の気遣いによるこの環境は嬉しかった。  高校が春休みであるので今回のヴィレドコーリ行きに一緒についてきた妹のサホは、汽車に乗り込んだ昨晩から大喜びで編成の中を走り回っている。
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