1.汽車は春の丘を越えて

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 そんな懸念に加えて、昨晩は慣れない汽車の中でろくに眠ることが出来なかった。おかげで頭が重く、目覚めからずっと気分が良くない。 「ハツキ」  呼びかけられ顔から腕を離して目を開ける。テーブルの横には父親のアリタダが立っていた。  アリタダはヤウデン系としては標準的な身長で、いささか肉付きの良いがっしりとした体型と、朴訥とした雰囲気の顔つきの持ち主だ。体型も顔立ちも母方のカザハヤの特徴を引き継いだハツキとはあまり似ていない。  けれどもハツキは、小さな頃よく頭を撫でてくれた、父の農作業で節くれ立った無骨な手や、林檎の木を見上げる自分を乗せてくれた大きな肩が大好きだった。 「前、座るぞ」  そう言ってアリタダはテーブルを挟んでハツキの向かいに座り、テーブルの上に手にしていたシードルの瓶と二つのグラスを置いた。 「これ……」 「ああ。うちから持って来て、冷やしておいてもらったんだ。……ベーヌを出てから、おまえと飲みたくてな」  言いながらアリタダは瓶の機械式詮をぽんと開け、各々のグラスにシードルを注いだ。  注ぎ終えて一つをハツキに差し出し、もう一つを己の手に取ってハツキに向けて掲げてみせる。
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