1.汽車は春の丘を越えて

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 父親の姿にハツキは小さく笑い、差し出されたグラスを受け取って父親と同じように掲げた。  そのグラスにアリタダが自分の手にしたグラスをかちんと合わせる。 「ハツキのベーヌからの門出に」 「一時(いっとき)のことだよ。大げさだなあ……」 「いや、人生何があるか解らんぞ? ほら、飲んだ飲んだ!」  父親に急かされ、ハツキは苦笑してグラスを傾けた。チグサの林檎畑で採れた林檎を使って、チグサの醸造所で造られたシードルだ。  汽車の中で飲む馴染みの味に、少し気分も晴れ自然と笑みが出る。自分のグラスの中身を一息に飲んだ父親も、満足そうに息をついていた。 「うちのがやっぱり美味しいね」 「だろう? 王都のカザハヤ屋敷にも多く入れさせていただいているから、あちらでも飲めると思うぞ。まあそれより。おまえとは今までこうやって二人で一緒に飲むことも出来なかったから……やっとその機会が訪れたと思うと、嬉しくてなぁ」  父親の言葉にハツキの視線が落ちた。  テーブルの上、両手で抱えたグラスの中で、金色の液体が微かに泡を揺らす。 「……ごめんなさい」
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