1.汽車は春の丘を越えて

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「こら、こら!」  そう言ってアリタダは手を伸ばし、俯いて謝罪の言葉を口にしたハツキの頭をくしゃくしゃと掻き回した。それでも俯いたまま顔を上げない息子の姿に、手を引っ込めて溜息をつく。 「俺は嬉しいって言ったんだ。それを解ってくれ。変に気を回しすぎるな」 「でも、お父さん」 「でもじゃない。そりゃ、うちでおまえとこうすることが出来なかったのは残念だったが、それは決しておまえのせいじゃない。俺はうちの自慢の息子が、そうやっていらん気遣いをして俯いてしまっているほうが嫌だぞ」 「…………」  そこまで言われると仕方がなく、ハツキは躊躇いがちに顔を上げた。  表情は浮かないものの顔を上げたハツキのグラスにアリタダはシードルを注ぎ足し、自分のグラスにも手酌で酒を注いだ。今度は一息に飲み干すことはせず、一口飲んでゆっくりとグラスを回す。 「今回のことはサネユキ君を初めとしたカザハヤの皆様のご尽力があってのことだが、俺はおまえがヴィレドコーリに行くことが出来るのが本当に嬉しいんだ。他人から親ばか扱いされようとも、俺はおまえがベーヌに埋もれたままでいるのは惜しいと昔から思っていたからな」
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