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桜が咲き始めたころ、最後の艦隊が出撃の準備に掛かっていた。 かつての栄光『連合艦隊』の影もない、戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦8隻の艦隊だった。 老兵や傷病兵、若い士官候補生らは、長官や艦長の命令ですでに艦を降りて、艦隊は死に逝く準備を整えていた。 『菊水作戦』 航空攻撃と水上攻撃で、沖縄の第32軍の総攻撃を援護する作戦、……と言えば聞こえは良かったが若い命を弾丸にして行う作戦だった。 海軍最大の戦艦が、戦わずに沈められるより、戦って沈んだ方が良いという考えで立案されたような作戦だ。 『一億総特攻の魁になってくれ !』という言葉の通り、戦いではなく、死に場所を求める作戦だった。 夕刻、艦長による訓示のあとに『各自の故郷に向かって挨拶せよ』との命令が出され、兵たちは、自らの故郷へそれぞれの最後の挨拶をしていた。 そして、その光景を第一砲塔の上に立って眺めている16,7歳に見える少女がいた。 当然、軍艦に女子が乗っているはずはないし、目立つ場所にいるから、誰かしら気づいて声をかけそうなものだが、彼女はそのまま立っていた。 彼女の名前は『大和』彼女は、人間ではなく 『艦魂』 と呼ばれる存在だった。 艦魂はその名の通り艦の魂であり、女性の姿をしている。 船が進水するときに生まれ、その船が解体または沈没すると消えてしまう。 同じ名前を引き継いだ船が進水すると、そちらに転生することもあるという。しかし、その姿を確認できるのはごく僅かの限られた人間のみであり、その条件としては、霊感が強かったり、その艦に対する思いやりが強かったり、はたまたその艦魂自身から選ばれたというものまである。 この時代には、見える人物も多かったがその多くが既に艦魂と共に戦死を遂げていた。 「長官 !そんなところでどうしたんですか !」 第一砲塔の上から、故郷に最後の挨拶をしている兵達を眺めていたら、行きなり声をかけられた。 「あら、矢矧じゃない。艦長や司令官と話さなくてよいの ?」 声をかけてきたのは、この艦隊唯一の軽巡の矢矧だった。 ちなみに参謀長も務めている。 艦魂にも、階級や役職があって、艦種によって違う。戦艦であり、この艦隊の旗艦でもある私は大将であり、司令長官だ。 まぁ、戦艦で大将なのは私と三笠先輩くらいだけどね。 「長か……、ううん、大和と出撃前に話がしたくて……」 矢矧の真面目そうな顔を見ると不安と怒りが入り交じったかのような複雑な表情をしていた。 「どうしたのよ、あなたがそんな顔をしているなんて、なにを……」 「大和は、この出撃をどう思っているのよ……」 私の話を遮りながら、皆が考えながら、口に出さないことを言ってきた。 さて、何て答えるべきか…… 「……私は、賛成よ。沖縄を救わなくてはいけないし、最強の戦艦である私が沈むなら戦いで沈まないとね」 嘘だ。こんな、死に行く出撃に賛成するわけがない。 「そう、私は反対よ。私たちが死んで成果があるのならともかく、無駄死にだけはしたくない ! 死ぬなら、姉さんたちの仇を討ってからよ !大和もそうでしょ !妹の仇を執りたくないの ? 嘘でしょ。建前じゃなくて、長官じゃない、大和の意見を聞きたいの !」 矢矧が、勢いよく迫って言ってきた。 おとなしいこの子にしては珍しい、もちろん 私だって、武蔵や信濃の仇は取りたい ! でも話すわけにはいかない。私は、戦艦『大和』なのだから。 彼女は、何度問われても本音を話すことはなかった。 その後、彼女は艦長との約束があると矢矧に断って急いで艦長室に向かった。 艦長室にはいると既に艦長が待っていた。 「お、来たか。貴様にしちゃ、遅かったな」 「すいません、矢矧に話しかけられたもので」 「そうだったのか……」 艦長は、一瞬悪いことをしたと顔を歪めたが、すぐに無表情に戻った。 「別に、他の艦魂と話ししてもよかったんだぞ ?これで、最後なんだから」 この人は、私の艦長になって半年も立っていないけど、家族思いで優しい人で、私たち艦魂にも優しくしてくれて、戦闘の腕もピカ一。 こんな優しい人の指揮で逝けるなら本望だと思ってしまった。 「昨日の宴会でたくさん話しましたから、思い残しはありません。艦長こそ、ご家族に手紙は送ったのですか?」 「……俺は軍人だ。遺書もあるし、家族を守って死ねるなら本望さ。お前のことは、必ず沖縄に連れていってやるからな !」 「えぇ、行きましょう !沖縄へ」 私は、微笑みながらそう言った。 彼女は、その後の予定について話したあと、すぐ近くの長官室に向かった。 中に入ると長官が湯飲みを二つ準備して待っていた。 「……来たか」 彼女は、敬礼をして部屋に入ると椅子に座った。 長官が、彼女の湯飲みに酒を注ぎ、それから自分の湯飲みへ注いだ。 「……済まなかったな。GFの馬鹿な作戦を受け入れてしまった。私があの時……」 長官は今にも土下座をしそうな勢いで頭を下げて謝っていたが、彼女の言葉に遮られてその続きをいうことができなかった。 「いいのです、長官」 長官が頭を上げて驚いた顔をしていた。 「許してくれるのか……」 「そもそも起こってませんよ。死に場所を与えられてむしろ嬉しいです」 「ただ、多くの将兵を巻き込んで死ぬのは嫌ですね」 「それは、わしだって同じだ。でも、それを回避する為には、沖縄に行かねばな」 「そうですね、沖縄に行きましょう」 その後、彼女達は訓練が始まるまで二人で酒を飲んでいた。 『訓練終了 !』 号令がかかると同時に、張り詰めていた空気が緩んだ。 「航海長、先程の操艦はよかったぞ !」 反省や二水戦の技量について艦橋の者達が話しているなかを、彼女は抜け出して防空指揮所に向かった。 防空指揮所には、二水戦の艦魂達が集合していた。 「長官へ敬礼 !」 矢矧が号令をかけ、駆逐艦達が敬礼した。 私は、答礼をしつつ、なんと話すべきかを考えていた。 宴会の場で話したのは、あくまで今までの思い出や武勇伝だ。今話すべきは、作戦の具体的なことだった。 「みな、とても良い行動であった。帝国海軍ここにありという立派な行動だった。艦隊戦を行うときは、その技量をいかしてほしい。」 皆は黙って私の話を聞いていた。 皆、真剣な表情で私の話を聞いていたが次の私の言葉に困惑した表情を浮かべた。 「私なんかに付いてきてくれてありがとう。本当なら、皆を巻き込まずに逝きたかったが許してくれ」 何人かがおろおろしているなか、声をかけてきたものもいた。 「そんなわけありません !必ず明日は、長官を守って見せますよ !」 と雪風が言い、 「長官は立派です。喜んでお供します !」 と、初霜が言い、他の娘達も同じことを言い出した。 「もう少し、皆のことをわかってください、長官」 と矢矧に言われ、照れる大和であった。 皆、私なんかにはもったいない子達、この子達には生き延びてこの国の行く末を見届けてもらいたいな。 ……と、思いまた話し始めた。 「皆、ありがとう。必ず沖縄へ行くぞ!」 艦橋 「付近より、不審な電波を確認」 出撃してしばらくしてから都井岬南方で不審な電波が確認された。 艦長「……おそらく敵潜ですね」 長官「そうだな、雷撃はしてこないだろうな」 参謀A「二水戦はどこを見とったんじゃ!」 参謀長「まあまあ、二水戦をせめても仕方ないぞ参謀」 参謀B「どうせ、攻撃してこないし最後の夜に汁粉でも食いましょうや」 A「……それもそうじゃな」 長官「烹炊長、汁粉ありがとうな」 烹炊長「いえ、おそらく最後の夜ですし」 艦長「最後に甘いもん食えてよかった。やっぱ、甘いもんはええな」 参謀長「本当に貴様は甘いもんが好きだな」 兵員室 兵員A「汁粉かぁ、お袋が作ってくれたのが懐かしい」 兵員B「俺もだ。出征前に会ったきりだけど、元気でいてほしいな」 兵員C「佳代子さん、俺の分も生きてくれ……」 兵員B「大丈夫かコイツ ?」 兵員A「大丈夫だろ」 兵員D「子供に食わしてやりたかったなぁ」 兵員E「子供いたのか、お前も退艦すればよかったのに」 兵員D「そんなことできるか !あいつらを守ってやるために海軍に入っとるんだ。」 兵員E「そうだな、俺も妹を守るために志願したようなもんだしな」 兵員D「お互い、艦張ろうな!」 兵員E「応!」 士官A「大和を沈めるもんか!」 士官B「お前らも、酒も飲め飲め!必ず沖縄に行くぞ!」 兵員「おおっ!」 駆逐艦 雪風 兵員A「この艦は幸運じゃ!絶対に沈まん!」 艦長「そうじゃそうじゃ!この俺が艦長である限りこの艦は最高なんじゃ!」 兵員C「コイツと生きて帰るぞ!」 兵員D「わしらのかわいい雪風を沈めはせんぞ!」 兵員「わははははっ!」 艦魂雪風「恥ずかしい……」 駆逐艦 凉月 艦長「明日は、この乙型の真価を見せてやるのじゃ!」 航海長「艦長……」 兵員「そうだそうだ!」 水雷長「あまり、飲みすぎないでくださいよ ?下戸なんですから」 艦魂凉月「ふん、甲型の連中見てなさいよ !敵機なんて私が落としまくるんだから!」 艦魂冬月「興奮しすぎだよ……」 こうして最後の夜が過ぎていった……。 読んでくれて、ありがとうございます。 よろしければ感想、フォロー・評価をいただけますと幸いです。 誤字報告も良ければお願いします。 本当は、一本に纏めたかったのですが長くなったので分けます。 本当はもっと他の艦や人達も書きたいですが、あまり書くと長くなってしまうのでここいらで。 あえて、人名は出しませんでした。名もなき兵士達と艦達の物語みたいにしたかったんです。 上手く表現できているかわかりませんが、それぞれの思いを書けるように頑張ります! 流れは史実に沿っていますが、だいぶオリジナルが混じってます。 人物像とか違うかもだけど許して。 後編は、後日投稿予定です。 第二艦隊の将兵と艦に黙祷……
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