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氷室くんは驚いていた。それもそうで……灰鬼さんが書いた、この腕の文字に、瞬きもなく目を大きくして動きも止まっていた。
わかったかもしれない……灰鬼さんとの関係……氷室くんの前から灰鬼さんに連れられて、僕は嫌がるそぶりもなく従っていたことに。
それに無言ではあるけど、僕の腕を掴んでいるのは灰鬼さんだってちょっと信じられなかったけど、雰囲気はやっぱり灰鬼さんなので……もう一度、瞳だけを向けて灰鬼さんの顔を覗いた。
不良のような厳つくて薄い眉毛や目つきが悪いって感じの怖い雰囲気じゃなくて、人を寄せ付けないような近づきにくさはある……それにしても、灰鬼さんの素顔がキレイ過ぎて凡クラで平坦な容姿である僕では尊いよ。
灰鬼さんと変装を辞めたヤチさんは正門前の園庭に来ると、バイク乗り場から反対の校舎の壁に寄り付いた。
校舎から次の授業の予鈴が響いていた。
予鈴……って、小さく声に出したら灰鬼さんが何故かヤチさんに「凡クラに戻って央汰の出席も取って来い」そう言ってヤチさんは嫌がるかと思ったけど「おうっ」と普通に返事を返して、抱えていたカツラを再び装着しながら校舎に入って行った。
「あ、あの、僕もーー……っ」
「央汰不足だった。少し抱かせて……」
え、ええええ!?
そのまま灰鬼さんの腕が伸びてきて、ギュっと背中に回って抱きつかれた。
なんか石鹸の匂いがするのが不思議な感覚……きっとシャワーを浴びて来たんだと呆然とした頭で思った。
ずるずると腰が落ちて、灰鬼さんごと地面に尻が付く。それでも離してくれなくて、抱きしめる力が強くなった。
僕の両腕はどうしたら良いのか、空を漕ぎながらもぞもぞ浮くことしか出来ない。
「あ、ああああの、灰鬼さん?」
灰鬼さんは全く僕を離さないようだ。
ふと、サラっと柔らかそうなはちみつ色の髪に手を静かに添えてみた。
すると灰鬼さんの手に掛けた手と同時に僕の方に振り向いた。
僕の目線は灰鬼さんの口元で、薄いけど少し厚みのある唇が動くのを見ていた。
「央汰……このまま連れて帰りたい」
「え! あ、え、それは困るですっ」
「どうして?」
ど、どうしてと言われても僕は……あっ!昂ちゃんとの約束。
「あ、あの、放課後は友達の付き合いがあって「付き合い?」…ス、スーパー寄るんですけど……「フロ? なんで」スーパーですっ買い物……「なら連絡入れて」…は、はい?「迎えに行く」……」
永遠と噛み合わない会話が続きそうで、僕はこの変で返事を躊躇した。
ところで気になっていることもあって、それこそお風呂で洗わないと消えなさそうだけど、一応聞いて見てとって思って「あの、この…腕の文字消すことできま……」
「消すの?」
あわわっ き、機嫌の悪い声で言われた、お、怒らせちゃったどうし「んんっ?」
さっきから近いのもあって……灰鬼さんの鼻が僕の耳に摩れたり…かと思うと、うなじなどに顔を寄せられたり、耳朶に唇が触れたって言うかはむって噛まれた気もするけど、……猫の様にじゃれたようにされたあと、僕が怒らせることを言ってしまったのか、あっと言う間に僕の唇に灰鬼さんの唇が重ねられた。
灰鬼さんの行動が読み取れない!
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