42. 絶対零度

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42. 絶対零度

 僕の住む町に灰鬼さんのバイクで戻って来たのは二度目になる。  とっても田舎だから街灯や家の明かりは少なくて、周囲は既に真っ暗だった。ただ、天を仰げば満点に広がる星空でロマンチックな夜空だっていつにもまして感じた。  林檎などの果実園の脇道をバイクが通って行くと、一軒の明かりの灯る僕の家に着いた。  バイクから降りたら前を向かされてヘルメットを外された。  顔の皮膚に夜風が当たってちょっと気持ちがいいと思っていたら、灰鬼さんの顔が寄ってきた……き、きっとキスされる。  僕は静かに目を閉じて、じっと待つーーーー 「やっぱり帰って来たの(ヒロ)くんだよ! 菊乃おばあちゃーん!!」  突然、大きな声で叫ばれて僕は閉じていた目をパッと開けた。 (んんんんっ)  たぶん聞こえていたはずなのに、灰鬼さんは僕に唇を押し付けてキスをしてきたけど、僕は“あの声”に焦ってしまい、灰鬼さんの胸元を両手で押すけれど、は、離れない。 「ええ? チュウしてるーー!?」 (んんっんんんーーっ)  駆けてくる足音がすぐ傍に迫って来た時、その声の主は…隣家の香奈ちゃんだとわかると、僕は改めて灰鬼さんから離れようとドンっと力の限り胸を押した。  ちょっとフラッと体が右に傾いたけど、地に足をぴったり付けて手の甲で唇を隠しながら驚いている香奈ちゃんに振り向いた。 「し、心配してると思ったら、央くんってば、エロいことしてるーーっ」 「エ、エエエロいって…っ」  中学生だけど……香奈ちゃんに見られた、灰鬼さんとのキスを。 「あ、あの香奈ちゃん。こ、これはですねっ」 「央汰。誰、コイツ」 「えっと、隣の家…と言ってもずっと遠いけど、そこの子……」  説明しても、絶対零度の温度で香奈ちゃんに鋭利な瞳を向けた灰鬼さんに、つい条件反射で僕は腕を伸ばして香奈ちゃんを背後に隠した。 「ひゃ!ふ、不良!?」 「香奈ちゃん……どうして僕の家に……?」  そう言えば僕は家に電話していなかった……今は何時だろう?  家族に心配させてしまったかもしれない……それでも、ときどき遊びには来るけどこんな遅い時間には無かったはずだけど。 「寒いから早く家に入んなさいな」  緊迫したこの場を崩すような緩やかな声のばあちゃんが、少し腰を屈めてやってきた。 「はらぁ。別嬪な人だねぇ……香奈ちゃんのお友達かい?」  香奈はぷるぷると頭を振り続けている。 「じゃあ、央ちゃんのお友達かい?」  友達……とは違うんだけど、なんて答えたらいいのかな……あっ、今は連絡をしなかったことを謝らなくちゃ……。 「あ、あの、ばあちゃん、こんな遅くなって連絡しないでごめんね」 「しょうがないねぇ。今日はばあちゃんだけだったけど、香奈ちゃんがウチに泊まるんだよ」 「へ、へ?」 「央くんのおじさんたちと、うちのパパとママが手伝いの家に一泊することになったんだって」  農家家族の仲間ならあることだけど……今朝はそんな話は聞いていなかったから突然の話で付いていけてない。  そんな灰鬼さんは僕の手を握ると再び胸に寄せられた。 「あわわわわわっ」 「央ちゃんのお友達さんなら、もう一人くらい布団はあるから大丈夫だよ」  何を思ったのか、ばあちゃんは灰鬼さんまで泊まるって勘違いしてーー 「ソイツを追い出せねぇなら、俺を入れろ」 「え、あ、は、はははははいっ」  絶対零度の温度がずっと続いていた。
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