アイドル革命!

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__この年、芸能界の歴史を変える革命が起きた。 後にドラマチックガールズと呼ばれる彼女達は様々な困難を乗り越えながらも、新しい時代を切り開いていった。 そう、アイドル革命はここから始まった。 「みんな、ありがとうっー!」 キラキラ輝いているステージ。 眩しくて、目がそらせない。 見ているだけでみんな自然に笑顔になれちゃう。テレビの箱の中で動いているアイドルを見てそう思う。 いつか、私もあのステージに…! 私の名前は諸星みらい(もろほし みらい)。 ソロアイドルになることを夢見る、至って平均的な小学6年生。 「今日も面白かったぁー」 エンディングが流れ終えたテレビのアニメに向かってそう言う。 数年前から見ているアイドルのアニメ。 私がソロアイドルになりたいと思ったのも、このアニメがきっかけだった。 キラキラ輝くステージに、みんなを笑顔にするアイドル。 たくさんの努力をしながら、彼女達はそれまで夢を持てなかった私に、逸らせないくらいの大きな夢を与えてくれた。 それから私の毎日はキラキラと輝き出した。 だけど… 無造作にテレビのチャンネルを変えると、そこにはキャスターと数名のアイドル達が映っていた。 「今大人気の七人組女性アイドルグループ、colors!先日発売したシングルは堂々の一位を獲得。さらには全国各地を回るツアーライブの開催も予定されています。今日はメンバーの皆さんが、スタジオに…」 今現在、アイドルといえば男女問わずグループ活動が当たり前となっている。というか、ソロで活動しているアイドルはほぼいない。 アイドルを志しても、ソロで活動するにはどうしたらいいんだろう…。 ぐるぐると頭を回転させて、私は考え込む。 だけど、いくら考えてもその答えは浮かばなかった。 「みーらいっ!」 自分の部屋で宿題とにらめっこしていると、聞き覚えのある明るい声で、ポンと肩を叩かれた。 「お姉ちゃん!」 そこには高校の制服姿の諸星はるかが立っていた。 お姉ちゃんは部活でバンドをやっていて、肩にはいつものように黒いカバーに包まれたギターが掛かっている。 「おかえりなさい、傘持ってた?」「うん、天気予報やっぱ外れたねぇ」 窓の外からは雨が地面に弾かれる音がする。 「考え事?」 隣の机に鞄を置いたお姉ちゃんはさりげなく聞いてきた。 お姉ちゃんは私の一番の理解者でもある。 「うーん、どうして今の日本にはソロアイドルがいないのかなぁって」 頬杖をつきながら私は小さくため息をつく。 夢があるのは楽しい。でも、どうやって叶えたらいいのかは分からない。 「確かに、言われてみればそうだね。ひと昔前は、ソロアイドルが主流だったのに」 「でしょでしょ!」 私は首を大きく振って激しく同意する。 分かってくれる人がいるだけでも嬉しかった。 「でもこうとも言える」 お姉ちゃんは急に声のトーンを変えて、ビシッと人差し指を立てた。 「時代を作れる」 「時代?」 聞きなれない急な言葉に私は聞き返した。 「そう、みらいがソロアイドルが活躍出来る時代を作る」 「私が?時代を?」 考えもつかなかった壮大なスケールに戸惑ってしまう。 そんなこと、出来るの? だけどそんな考えに反して、なぜだか胸は高鳴っていく。 私が時代を作る…! 「という訳でこれ!」 私の心を読み取ったかのように、お姉ちゃんがある雑誌のページを見せてきた。 「第37回全日本スターキャラバンオーディション?」 雑誌の大きく書かれた見出しにはそう書いてあった。 テレビでなんとなく、聞いたことがある気がする。 『キミはなんにでもなれる! グランプリ、準グランプリ、審査員長賞受賞者の3名は藍星(あいせい)事務所にてデビュー確約! 対象年齢は小学5年生から中学3年生』 雑誌にはそう書かれている。 「そう!全日本スターキャラバンオーディション、略してスタキャラ!年に一回開催されてて、今や大御所女優、ミリオンヒット歌手、パリコレモデルまでもが誕生したのがこのスタキャラがきっかけ。もちろん、昔はソロアイドルも生まれていた。それくらい影響力のあるオーディションなの」 お姉ちゃんの言葉を聞いて、疑い半分でページの過去受賞者の欄を見てみると 「えっ!この人も⁉︎え!この人もなの⁉︎すごい!すごいね、これ!」 そこには名の知れてる芸能人の名前ばかりが書かれていた。 それはついつい、興奮してしまうほど。 「このオーディションでみらいがソロアイドルの時代、つまりアイドル革命を起こせば良い。スタキャラは注目度も高いから、良いとこまで行けばアイドル革命を起こせるかもしれない」 私は息を呑む。小さな可能性ではあるけれど、こんな道があるなんて考えたこともなかった。 「アイドル革命を起こすことはみらいだけじゃなくて、同じようにソロアイドルを夢見る人全員の希望にもなる」 そう言い切ると、お姉ちゃんは思いっきり息を吸ってこう言った。 「みらい、このオーディション受けて、アイドル革命を起こしてみない?」 ドクン、と胸が弾ける。 確かに、このオーディションを受けてお姉ちゃんの言うアイドル革命を起こせば、ソロアイドルの道に近づけるかもしれない。 そして、他の人達の希望になるかもしれない。 だけど、こんなに大規模なオーディションそもそも一次すら受かるかどうかも分からないし、それに…。 私の中で一つの大きな不安がよぎる。 それを考えるとつい、顔をしかめてしまう。 するとそんな私の不安を感じ取ったように、お姉ちゃんはゆっくりと、そして響く声で言葉を出した。 「みらい、私、感じるの。みらいのアイドルの才能を」 「アイドルの才能?」 「うん、みらいは小さい頃からよく私の前で歌って、踊ってくれた。私にとってみらいはずっとアイドルだった。だからね、わかる気がする。みらいの才能が」 お姉ちゃんは真っ直ぐ私の瞳を見つめてきた。 それが、その言葉が嘘でないことを表していた。 「でも…」 私の迷いを感じたお姉ちゃんが私の肩に手を置いた。 「あとは、みらいの想いでしょ?みらいに強い想いがあるならきっと大丈夫。私も協力するし」 「私の想い…」 私は初めてあのアニメを見たあの瞬間から、ずっとアイドルになりたかった。 私に大きな夢を与えてくれたアイドルに。 だから… その瞬間、私は想像した。 アイドルとして光り輝く自分の姿を…! 私もアイドルになって夢と笑顔を与えたい。 だからきっと、絶対にアイドルの道を作って見せる! そのためには、ちゃんと認めてもらわなくちゃ。 私は決意を込めてこぶしをぎゅっと握りしめた。 「お父さん、お母さん、話があるの」 私は夜ご飯を食べ終わった後、意を決して両親に話を切り出した。 「…という訳でこのオーディションを受けたいの」 私はさっきの雑誌のページを見せる。 遠く離れたところではお姉ちゃんが見守ってくれている。 なんて言われるか、その返答に胸がドクンと弾ける。 「前にも言っただろう、こういうのはダメだって」 冷たい言葉が降り注がれる。深く読むこともなく、お父さんが口に出した。 その瞬間、私のかすかな期待は消え去った。 お父さんの言う通り、前にもこんなことがあった。 小学生の頃、アイドルに近づく一歩になればと、当時読んでいたファッション雑誌のオーディションに応募したい、と相談した。 けど、芸能界は大変だし、危ないからと全然認めてもらえなかったのだった。 もちろん、それらは承知してるけど、それでもアイドルへの憧れは募っていくばかりだった。 「どうしても、アイドルになりたい。ソロアイドルの時代を作りたいの。お願いします」 「ダメだ」 「私…」 「ダメだって聞こえないのか?そんなものに応募したいなら家を出て行け!」 お父さんの声が家の空気を震わせた。 これ以上、何かを言ったら本当に家を追い出されるかもしれない。 その現実に一瞬、ひるみそうになる。 だけど… 「私、このオーディションを受けなかったらきっと後悔する。アイドルになりたいってずっと思ってた。お父さんの言葉を聞いて、何度も夢から目を逸らそうともした。だけど、逸らせなかった。輝いていて…」 私は初めてあのアニメを見た瞬間を思い出す。 現実世界でないけど、その輝きはわたしの胸に入り込んで、ずっと忘れられなかった。 そして、キラキラと輝いていた。 「もちろん、危険なことはしないようにするし、大変になる事は分かっている。だけど、私はあの日、夢をもらった。全力で追いかけたくなる夢を。だから、私もアイドルになって夢と笑顔を与えられるようになりたい!そして、同じようにソロアイドルになりたい子達の希望になれるようになりたい!今はまだ小さな光かも知れないけど、私の可能性を証明させてほしい。二人の応援と一緒に」 何かを言われるのが嫌で、いつからか、アイドルの夢を隠すようになっていた。 だけど、やっぱりアイドルになりたいから…! 胸を張って、自分の夢を誇れるようになりたかった。 あとは… 私の話を聞いたお父さんは無言で立ち上がり、大きく息を吸った。 私はお父さんの言葉を待つ。 「…いい加減にしろ!」 お父さんはそう叫んで、大きく開かれた右手を振りかざした。 その手は私の頬に向かって勢い良く向かってきた。 ぶたれる…! 意味を理解した私はギュっと両目をつぶって歯を食いしばる。 その瞬間、鈍い音が家に響いた。 けど、痛くない…? 違和感を感じた私はゆっくりと目を開いた。 「お姉ちゃん!」 そこには私をかばい、頬を赤くしたお姉ちゃんの姿があった。 「いいから。オーデション前に怪我する訳にはいかないでしょ?」 お姉ちゃんは私の耳元でそうささやいて微笑んだ。 「ねえ、お父さん」 そして、お姉ちゃんは目を丸くしているお父さんに視線を移した。 「私は後悔してる。昔、そのオーディションを受けなかったこと。あの時、反対されて諦めたけど、今でももしも、あの時オーディションを受けてたらって思う。夢への可能性を奪うより、壁にぶつかった時に守ってあげたらいいじゃない。だから、お願い。みらいに後悔させない選択をさせてあげて」 お姉ちゃんが頭を下げた。 昔お姉ちゃんもオーディションを受けようとしてたなんて知らなかった…。 お父さんの次の言葉を待つ緊張感とともに、驚きが芽生える。 「…これが最初で最後だ。次はないからな」 絞り出すような声でそう言ってお父さんはリビングを出て行った。 「ありがとう!お父さん!」 ホッとする気持ちとともに、私はぱっと笑い、そう叫んだのだった。 それからの毎日はあっという間に過ぎていった。 オーディションに応募するにあたって、初めにしたのは書類審査用の写真撮影だった。 「あ、お姉ちゃんー!」「何?」「オーデション用の写真撮ってくれない?」 私は廊下を通りかかったお姉ちゃんにデジカメを手渡した。 「…え?もう撮るの?」 お姉ちゃんがデジカメを見て目を丸くする。 「うん、思い立ったが吉日でしょ?」「それはそうだけど…。みらい、写真撮影のポイント理解してる?」「ポイント?何それ?」 思わず聞き返した。ポイントなんて考えたこともない。 「やっぱり…。お姉ちゃんが写真撮影のポイントを教えてあげる」 お姉ちゃんが腕を組んでそう言った。 ポイントって何だろう…?私はワクワクしていた。 お姉ちゃんはわざとらしく咳ばらいをひとつ。 「写真撮影のポイントその一!まずは自分を研究するべし」 力強い声でお姉ちゃんが指を立てた。 「研究?」 お姉ちゃんの声の強さに驚きつつも、私は眉をひそめる。 「そう、一番良い自分の表情を探すの。鏡を見たり、自分で写真撮ったりしてね」 「なるほど」 近くにあった手帳にメモしていく。 メモし終えた私を見てお姉ちゃんがまた話し始めた。 「写真撮影のポイントその二!笑顔!」 「あ、それは分かる感じがする!」 無表情とかより、笑顔を見ている方が楽しい気がする。 「笑顔も毎日鏡とかで練習したら良いんじゃないかな」 「うん!」 「そう、その笑顔!」 「へ?」 急に指をさされてびっくりした。 「みらいの笑顔を見てるとなんだか自然と嬉しくなっちゃうんだよね」 お姉ちゃんは嬉しさに揺れるような微笑みを見せた。 「それがこないだ言っていた才能?」 「それも、ある。…じゃあ、最後にして最大のポイント!」 上手く話がすり替えられた事に気が付かなかった私は、最大のポイントと言われて私は息を呑んだ。 一体なんだろう… 「それは、カメラの向こう側をみる事」 「カメラの向こう側?どういうこと?」 カメラの向こう側と言われてもイマイチピンと来ない。 「それは…」 お姉ちゃんがそう言いかけた時だった。 「はるか、そろそろ行く時間じゃないの?」 部屋のドアの隙間からお母さんがひょっこりと顔を出した。 「あぁ!やっばい、忘れてた」 そう叫んだお姉ちゃんは慌ただしく準備をし始めた。 そういえば、お姉ちゃんは今日、バンドの練習があるって言ってたっけ。 「じゃあいってきます!」「いってらっしゃい」 玄関でお姉ちゃんを見送ってから気づいた。 結局、カメラの向こう側って何⁉︎ 「どういう事なんだろう…」 部屋で雑誌片手に呟く。 あれから考えてみたけど全然思い浮かばなかった。 一応考え続けながらも、なんとなくページをめくっていくと、ふと、あるページが目に留まった。 「colors…」 ここ数年、アイドル界のトップに君臨していると言ってもいいほど大活躍している女性アイドルグループ。 私の周りにもファンが沢山いて噂はよく耳にする。雑誌に写る彼女たちはキラキラと輝いている。彼女たちにはカメラの向こうに、なにが見えているんだろう。 …そんな事よりまずは自分の研究と笑顔の練習をしなきゃ! そしたら何か分かるかもしれないし! 私は気持ちを切り替えて特訓をした。 何度も鏡を見たり、スマホのフォルダは自分の写真でいっぱいになった。 おかげで上手くなったけど… 「あぁーやっぱり、分からないよ」 カメラの向こう側の意味はわからないままだった。 オレンジ色に染まった人通りの少ない川沿いを、生暖かい風が通り過ぎる。 私は考え過ぎて火照った頭を冷やすため、外に出てみた。 思えば一日中外に出ていなかったから、太陽の光がいつもより眩しく感じた。 「私もいつかあんな風に輝けるかのかな」 輝いている太陽を見上げながら、そんな事を呟いていると何処からか歌声が聞こえてきた。 誰かが歌っているのかな? 気になって歌声を辿って川辺までいくと、そこには20代後半くらいの綺麗な女性が一人、ギター片手に歌っていた。 その歌声は、今まで聞いた中でずば抜けて綺麗だった。 そして、優しくて温かくて、だけど力強くて、なんだか自然と頑張ろう、っていう気持ちになった。 いつの間にかそんな歌声に聞き惚れていると、素敵な時間はあっという間に過ぎ去った。 曲が終わって私は思わず拍手を送った。 「あの、凄く感動しました!私、こんなの初めてで…」 「ありがとう」 私に気づいた目の前の女性は驚きで一瞬目を丸くしつつも、笑顔を見せた。 その瞬間、私はなんだか嬉しくなった。 「あの、いつもここで歌ってるんですか?」 「うん、時々ね。観客は大抵居ないんだけど、どこかに届くような気がするんだ」 「どこかに…ですか?」 どういうことだろう? 私がそう聞き返すと女性はくるりと夕焼け色に染まった川の方を見て話した。 「うん、例え見えなくてもね、たった一人でいいから、届けたい人のことを思い浮かべて歌うとその人に届くような気がしてね。自然と良い歌にもなるんだよ」 その途端、私はハッとした。 頭の中のモヤモヤがぱっと晴れ上がった。 そっか、カメラの向こう側ってそういう事だったんだ。 「あの、ありがとうございました!私、頑張ります!」 女性は、私のことばに一瞬キョトンとしたものの、「頑張ってね」と言ってどこかに向かって歩き出していった。 「よし、頑張るぞ!」 やる気に満ちた私は改めて自分に向かって宣言し、走って家へと向かった。 早くこの気持ちを忘れないうちにカメラの前に立ちたい…! 「ただいまー!」 息を切らして家に帰ると玄関でお姉ちゃんが待っていた。 「あ、みらい、あのね、朝言ったことなんだけど」 「私、分かったよ。カメラの向こう側には私を見てくれる人がいる。その人達に届けようって想いが大切だよね?」 私はさっき分かった事を話した。 あの女性もそうして歌ってたから、きっとあんなに良い歌になった。 私も見てくれる人に伝わるような写真を撮りたい! 「うん、みらいがちゃんと想いを持てばきっといい写真になる!」 「だよね!」 私の想いはきっと届く。そう信じよう。 こうして撮った写真は自分でも納得できる出来だった。 その後、何度か川沿いに行ってみたけど、あの女性には一度も会えなかった。 書類をポストに投函して2週間後、書類審査通過の連絡を受けた。 喜ぶのもほどほどに、一次オーディションに向けての特訓を始めた。 「一次オーディションの審査内容は面接とカメラテストかぁ」 私は『一次オーディションのお知らせ』と書かれた紙を見つめる。 スタキャラには、一次、二次、三次、最終オーデションがあるらしく、それらを勝ち抜かなければアイドル革命は起こせないだろう。 「今回もお姉ちゃんが特訓してあげよう!」 後ろから見ていたお姉ちゃんがひょっこりと顔を出して胸を叩く。 「よろしくお願いします!」 私は気合いで勢い良く頭を下げる。 「そういえば…こないだもだけど、なんでこんなにスタキャラに詳しいの?」 頭を下げながら、顔だけ上げて私は聞く。 ずっと気になっていた事だった。 カメラの向こう側とか普通思いつかない。 「それはねぇ、秘密」 お姉ちゃんは小悪魔的な微笑みで、口元に人差し指を当てた。 「えー、なんで⁉」 「いつか教えてあげるって。それよりも特訓。はい、これ」 話をそらしたお姉ちゃんは、ホチキスで止められた分厚い冊子を渡してきた。 「なにこれ?」 そこには好きな食べ物は?好きな色は?といった簡易的な質問から、どうしてこのオーデションを受けるのか?、オーデションで意識していることは?等といったちょっと難しい質問までがズラーッと並べられていた。 「面接で何聞かれるか分からないからね。明日までに全部答え書いておいてね」 お姉ちゃんが軽い口調でウインクをすると同時に私の顔からは血の気が引いていった。 「こんなに…ですか」 驚きすぎてなぜか敬語になる。 そんな私をよそにお姉ちゃんは話し続けた。 「あと、面接では心を弾ませること。ワクワクとかそんな楽しい気持ちを持つの。そしたらその気持ちがみんなに伝わるから」 「は、はい」 冊子を眺めていた私は慌ててメモをした。 「カメラテストではS字ラインっていう体のラインを意識してポージングすること。あと、姿勢を正すために頭の上に本とかを乗せて練習するのも効果的だし、バランスボールでバランスを保つトレーニングをするのも良いよ」 「了解しました!」 私は笑顔をみせつつ、敬礼のポーズで応えた。 「…そういえば、アイドル革命を起こすって具体的に何をしたらいいのかな?」 私はふと、お姉ちゃんに聞いた。 アイドル革命を起こすってことは、ただオーデションに合格するだけじゃだめなんだよね。 「そうだなぁ、とりあえず二次オーデションまではアイドル革命っていう言葉をとにかく言うことかな?」 「えっ、それだけ?」 革命を起こすんだから、もっとすごいことをするのかと思ってたけど…。 「うん、二次オーデションまではね。アイドル革命を言い続ければきっと…」 「きっと?」 「ま、その時が来れば分かるから」 お姉ちゃんが余裕のある笑みを浮かべる。 「…え、うん」 一体何なんだろう…?そんな疑問が頭を駆け巡りそうになるけど、慌てて首を振った。 とにかく今は一次オーデション合格に力を注がないと! そしてオーディションまで私は特訓し続けた。 時には… 「うわぁ!…イタタタ」 頭に本を10冊乗っけきれなくて本に埋まったり。 また、時には… 「うぅ、こ、声がぁ」 面接の練習のし過ぎで声が枯れちゃったり。 更には… 「止まらないよぉ〜」 調子乗ってバランスボールに立ってみたらボールがくるくる止まらなくなっちゃったり。 それでも、毎日毎日特訓し続けた。 アイドルになるっていう、夢を叶えるために。 そんなこんなで、ついに一次オーディションの日がやって来た。 「おぉ…すごい人」 控え室と貼り紙のされたドアを開けた途端、私はつい、声を出した。 立って深呼吸する人、ストレッチをする人、ジッと座っている人、笑い合っている人。 オーディション会場には私の想像をはるかに上回る多くの人がいた。 そういえばお姉ちゃんが言ってた。 1次審査の受験人数はここ、札幌だけでも推定100人。全国合わせると1000人だって。 人の数に圧倒されつつも、とりあえず自分のエントリーナンバーが書かれた紙が貼られている席に座る。 私は…ここだ! 「あれ?あなた…」 席を見つけて座った瞬間、隣の席の人が私に向かって話しかけてきた。 「隣のクラスの諸星みらいちゃんだよね」 「あ、もしかして、真中梨花ちゃん?」 それは茶髪のポニーテールのイメージがある、隣のクラスの真中梨花だった。 「うん!やっぱりみらいちゃんだ。こんなところだけど、初めて話すよね?」「うん、みらいでいいよ」「じゃあ、わたしも梨花って呼んで」 「わかった!えと、梨花もオーディション?って当たり前だよねぇ…」 緊張で何が何だかよく分からなくなってきた。 「確かにね。でも正直なところ、知り合いに会うとは思わなかった」 梨花が笑うように言う。なんだか知っている人に出会えて安心かも。 「私も!なんで梨花はオーディションを?」「それはね…」 梨花がそう言いかけた時、「みなさん、いよいよ一次審査の面接が始まります。これから番号を呼んで行くので呼ばれた方は別室に移動して下さい。まずは…」 スーツに身を包んだ男の人がマイクを持って話し出したので「この話はまた後で」と言う梨花の言葉に従って、男の人の言葉に耳を傾けた。 「ふぅ、緊張したぁ」「あ、梨花お疲れ様」 最初にいた控え室に戻ってきた梨花を見て声を掛けた。 「お疲れー」 面接は梨花とは同じ組み合わせにはならなかった。 手ごたえ的にはお姉ちゃんとの練習のお蔭もあり、結構自信があった。 「そうだ、さっきの続きだけど、どうして梨花はオーディションを受けたの?」 さっき話をした時からからずっと気になっていた。 次の審査まで時間があるから、もう話が途切れる事もなさそうだし。 「うん、私、両親が働いてて、小さい時から家に一人でいることが多かったんだ」 隣に座った梨花は何かを思い浮かべるかのように遠くを見つめた。 「家に1人でいると、静かで、自分の音しかしない。それがちょっぴり寂しくて。それで、いつもテレビを見てたの。テレビを見てるとなんだか楽しくて、寂しさなんていつの間にか消えてた。そして、気付いた頃には、いつか私も…って」 「そうだったんだ」 「うん、それで雑誌で見たこのオーディションに応募したんだ。…みらいは?どうしてオーディション受けたの?」 「私は…」 私がアイドルを志したきっかけ、ただそれを思い出すだけで胸が高鳴っていく。 「私は、アニメを見たのがきっかけなんだ。アニメの中のアイドルはいつだって私を笑顔にしてくれた」 私はそっと胸に手を当てて、想いを馳せていく。 「アイドル達は考えられない程努力をしながら輝いていた…。そして私は夢を貰った。アイドルになる夢を。反対されて、諦めようとしたことも何度もあったけど輝きを逸らすことができなかった。だから、私は今日ここにいるんだ」 私は全ての気持ちを言い切った瞬間、なんだかスッキリした。 同時に、また胸が高鳴っていった。 「アイドルかぁ」 「うん、最近ってソロアイドルっていないよねってお姉ちゃんに話したら時代を作ればいい!ってこのオーディションを勧めてくれて。だから、このオーディションを通じて、ソロアイドルの革命を起こしたいって思ったんだ」 「そっか。いいお姉さんだね。なんか私も一緒に作りたくなっちゃった、アイドルの時代」 「え?」 それは想像していた返答とは違うものだった。 「私もアイドルになりたいって思ってた事もあったんだ。でも、みらいと同じでソロアイドルのいないこの時代にどうしたらいいのか分からなくって諦めた。けど、今、みらいの話聞いてたらなんだかその頃の気持ち、思い出したよ」 梨花がここまで言ってくれるとは思っていなかった私は胸がジーンとなって感動した。思わず梨花の手を取る。 「梨花…。一緒に作ろう!アイドルの時代!アイドル革命!」 「うん!オーディション頑張ろうね」 私たちはハイタッチをして、そして互いに笑みを見せた。 「でもね、今回のオーデションにあるのは私達の想いだけじゃないんだよ」 ハイタッチした右手を下げた梨花は真剣な表情でそう口にした。 「え?どういうこと?」 「さっきの面接官の人とか、スタッフさんとか、これから撮影してもらうカメラマンさん、衣装を作ってくれたデザイナーさん。他にも色んな人達が私達に想いを乗せてる。だから、私達は自分の夢だけじゃなくて他の人達の夢を背負ってステージに立たないと!」 私は梨花の言葉を聞いて辺りを見回した。 準備をするスタッフさん、会場の様子を撮影するカメラマンさん。 多くの人達が目に入った。 そういえば、このオーディションに出たくても出れなかった人も沢山いるんだよね。 そっか…。私は小さくうなずいた。 「梨花、ありがとう!私、次のオーデション、自分のためだけじゃなくてみんなの為に受けてくる」 「うん、みんなの為に笑うんだよ」 梨花が笑顔でそう言った時、「エントリーナンバー380番台の方は第一スタジオに移動してください」スタッフの人に声を掛けられた。 「行こう!」 私は梨花に手を差し出した。 「うん!」 梨花はそれに応えて手を重ねた。 そして私達は駆け出していた。 数日後 「…来ない」 夏休み真っ只中、私は勉強も程々に、携帯電話を握り締めていた。 というのも、スタキャラ一次通過者には数日で電話が来ると言われたのだが、私のところにはまだ来ていなかった。 「あぁー」 私はそう言いながら机に顔を引っ付ける。 手応えは結構あったけど、もしかしたら落ちたのかもって考えると辛くなる。うぅ…。 「なにやってんの?」 声が聞こえて視線を上げると、ソーダ味の棒付きアイスを持ったお姉ちゃんがいた。 「電話を待ってるの」 「あぁ、一次のね。確か、合格者は全国で50人位じゃなかったかな?」「えぇ!たったそれだけ…?」 その数に私は思わず立ち上がった。 もう少し多いかと思っていた…。 「まぁ、最後のグランプリになれるのはたった一人だけだからね」 「そっか、そうだよね…」 一人だけ、そんな言葉を聞いて心が沈む。 例え、ここで合格してもまだまだ先があるんだ。たくさんの人の中でその一人の枠を争いあう。行く先の見えない道に漠然とした不安が襲ってくる。 そんな私の不安を感じ取ったのか、お姉ちゃんがぽん、と私の肩を叩いた。 「そうだ、みらい。みらいが最終オーデションまで進めたら、私がどうしてオーデションのこと、こんなに知ってるか教えてあげる」 「え?本当?…でも最終オーデションなんてまだまだ先だよね。そこまで行けるかな…」 一次通過者の発表でこんな風になってる私だもん。正直言って想像もつかなかった。 「私は、みらいには才能があると思う。だからグランプリになってアイドル革命を宣言しよう!みらいの夢を私に見せて」 お姉ちゃんの真っ直ぐな瞳が私の不安を取り除いた。 「…うん、そうだよね。これが最初で最後のチャンス、絶対に夢を叶えるよ!」 私は自然と笑顔になった。 その瞬間、手に握っていた電話が鳴った。 来た…! ドキンと大きく胸が鳴る。 緊張で全身が熱くなっていく。 震えそうになる手を通話ボタンに重ねて耳に当てた。 「…もしもし」 「お世話になります。先日の第37回全日本スターキャラバンオーディション件でお電話致しました。諸星みらいさんのお宅でよろしいでしょうか?」 若そうな男性の声がした。 「はい、そうですが…」 「先日のオーディションの結果について、お電話差し上げましたが今、お時間大丈夫でしょうか?」 ドクドクとさっきよりも大きく鼓動が響く。 「お願いします…」 私は大きく息を吸って言葉を出す。 電話の向こう側から言葉が出てくるまでの間、ほんの一瞬だったと思うけど、それはとても長く感じた。 「…おめでとうございます!! 一次オーデション通過致しました!」 瞬間的に心臓が止まったような、そんな気がした。 頭の中ではさっきの言葉をただひたすら繰り返していた。 おめでとうございます?一次オーデション通過?通過?オーデション? 何がなんだか分からなくなっていた私の意識がようやく晴れ上がってきた。 「え⁉本当ですか⁉」 理解した瞬間、その言葉に思わず立ち上がる。 「はい、一次オーデション通過です」 本当なんだ。 確認した途端、現実味が湧いてきた。夢に一歩近づけた。 「…ありがとうございます!」 嬉しくて涙が流れそうになった私は瞳から溢れるのをこらえながら返事をしたのだった。 「じゃあ、行ってくるね」 玄関で大きなスーツケースを片手に、私はお母さんに声を掛けた。 「ほんと、あっという間にねぇ…。気を付けて行ってらっしゃい」 私の言葉にお母さんは優しく微笑んだ。 一次オーデション通過通知を受けてから3日が経ち、あれから余韻に浸る時間も無いくらい、一気に慌ただしくなった。 一次オーデション通過の連絡の後、二次オーデションの内容についても連絡を受けた。 オーデションの内容は3泊4日の合宿!しかも3日後!! 更に二次オーデションに合格した場合、三次オーデションにもそのまま参加するらしく、飛行機のチケットやら、慌てて必要な物を買い揃えていたら、気付いた頃には当日になっていた。 「ご心配なく!みらいの事は私、真中梨花がしっかり支えます!」 隣で梨花がビシッと敬礼のポーズをとる。 そう、梨花も今回の合宿オーデションに参加する。 あれから梨花から連絡があり、2人共合格した事を確認して、一緒に合宿会場まで行くことにした。 「じゃあ、梨花ちゃんお願いね」 「はい!任せてください」 笑顔で対応する梨花を見て、私も嬉しくなる。 「私って、そんなに心配?っていうか飛行機遅れちゃうから早く行こう!」 腕時計を確認した私は梨花の腕を引っ張った。 「2人共頑張ってねー」「はーい!」 お母さんのエールに元気良く返事をした私達は駆け出した。 これから向かう未来に向かって…。 「おぉ!結構人いるねぇ」 飛行機に乗り、電車を乗り継いで集合場所である広場にやってきた。 梨花の言葉の通り、広場には大きなカバンやスーツケースを持った参加者らしき人たちがちらほらと集まっていた。 「でも、いったいどこで合宿するんだろうね?」 私は首をかしげる。辺りには合宿の出来そうな宿泊施設は見当たらなかった。 「んー、あ、あそこにバス停まってるから、もしかしたらバスでどこかに移動するんじゃない?」 梨花が指さした方向には大きなバスが2台ほど停まっていた。 「本当だ」 今回のオーディションは合宿だということしか知らされていなかった。 どこで何をするのかは不明。 梨花が言うには、私達が想像する普通の合宿とは違うらしい。 でも、不安がってたらいけないよね! ドキドキ、ワクワクに変えよう! 私は一人頷いてこぶしを握りしめた。 しばらくすると広場にスタッフと背中に書かれたTシャツを着た数人の大人がやってきて、「スタキャラ2次オーデション受験者はこちらに集合してくださいー」と声を掛け始めた。 いよいよ始まるんだ…! 期待を胸に膨らませていると、続々と広場に人が集まってきた。 「では、出欠を取るので呼ばれた方はこちらで番号の書かれたゼッケンを受け取って下さい」 その言葉で前に出ていく子達を見ていくと共に、なんだか凄い所に来てしまったな、と思う。 みんなキラキラしてて…。 改めてこのオーデションの凄さを実感した。 あれから合宿所へ向かうというバスに揺られること30分。 「それでは順番にバスから降りてください」 ここは一体どこなんだろう…。 カーテンが閉められた車内ではこれから一体何をするのか、いまいち想像出来なかった。 ダンスのレッスンとか、歌唱力の審査とか? そんな疑問を抱えながらバスを降りた瞬間、その光景に驚愕した。 周りを見ると他の参加者も目を丸くして困惑の表情を浮かべてる。 てっきり、目の前には合宿所が広がってると思ってたのに…。 「山!?」 そこには自然に満ち溢れる広大な山々が広がっていた。 「そう!スタキャラ二次オーデションは、登山です!」 最後にバスから降りてきた女性が胸の前でパンッ、と手を叩いた。 「それでは、これからスタキャラ2次オーデションを開催します」 手に持った紙に視線を落としたスタッフの男性がそう言った瞬間、空気が瞬間的に変わった気がした。 私達はあれから、近くのロッジで登山用の格好に着替えた。 結局、持ってきた荷物は着替え以外はほとんどバスに置いておくことになった。 ストックにヘッドライトに酸素スプレーと、結構本格的な格好でドキドキしてしまう。 「二次オーデションでは、これから目の前にある、この山を登り、山頂手前の山小屋に向かいます。仮眠をとった後、早朝にご来光を拝みに行きます。そして下山し、ホテルに一泊。次の日の夕方に合格者の発表をします」 合格者と聞いてゴクリとつばを飲んだ。 そんなにすぐに決まっちゃうんだ。 ふと、周りを見てもみんな厳しい表情をしていた。 「とはいえ、そんなに厳しいものではありません。なりたいという強い気持ちと、笑顔の本当の意味に気付けるかがスタキャラ全体を通して審査していくものですから」 なりたい強い気持ちと、笑顔の本当の意味? なりたい気持ちは誰にも負けない自信はあるけど、笑顔の本当の意味ってなんだろう? 疑問を抱えるも、スタッフの男性が話し続ける。 「そして、今回のオーデションはチームオーデションです。これから皆さんにはクジで4人一組になってもらい、山頂を目指しながら、協力して課題を行ってもらいます。ちなみに今回の合格人数は12チーム中4チーム。そして特別合格として個人評価の良かった3人を合わせた19名です。皆さん、協力して頑張って下さい」 ふと、山頂を見上げるとキラキラと太陽が輝いて見えた。 「梨花、何だった⁉」「K!」「本当⁉やったぁ!私もKだったぁ」 私は嬉しくて折り目のついた紙を片手にぴょんぴょん跳ねた。 チーム分けのくじ、まさか梨花と一緒になれるなんて…! 「でも本当、レベル高いよね。このオーデション」 梨花が周りを見渡しながらそう言った。 心なしか梨花の目が輝いて見える。 そういえばテレビっ子って言ってたし、芸能界についても詳しいのかも。 「そうなの?」「うん、スタキャラは注目度も高い。だから既に活躍してる子達もオーデションを受けてたりするんだよね。例えば…ほら、あの子」 梨花の視線の先にはまっすぐと姿勢の伸びた、ストレートヘアーが似合うキレイな女の子がいた。 半袖からはみ出す腕は、夏だというのに透き通る位真っ白だ。 「関 あずさ(せき あずさ)。年齢は私達より一つ上。子役の頃からモデル中心に活躍してて、次世代注目スターと名高い!スタキャラでもグランプリ最有力候補と言われてる!」 梨花が両手を合わせて目を輝かせる。今まで見てきた中で一番興奮している。 「確かに、姿勢とかすっごくキレイだよね」 私もお姉ちゃんと特訓したから分かる。常にキレイな姿勢でいるのはものすごく大変なんだってこと。 だけどなんだか背中が少しだけ寂しそうな気がするのは気のせいだろうか? そんな風に私達があずさちゃんから目を離せないでいると、 「ねぇねぇ」 後ろから声を掛けられた。 振り返るとそこには可愛らしい女の子がいた。 「もしかしてクジ、Kだったりしない?」「あっ、はい!そうですけど…」「本当に⁉私もKなんだ。よろしくね!」「はい!よろしくお願いします!」 そう言って梨花の方に視線を移すと梨花が頬を赤く染めてプルプルと震えていた。 「も、もしかして、あの、日比谷柚葉(ひびや ゆずは)ちゃん⁉」 「ピンポーン!知っててくれるんだ!」 女の子が白い歯を見せる。 「有名な人?」 芸能関係に疎いのもあって、分からなかった私はこそっと梨花に耳打ちして聞く。 「うん、祖父は小説家、父は歌舞伎俳優、母は大女優、伯父は世界的画家、そして姉はcolors!の日比谷美鈴の芸能一家の日比谷柚葉ちゃん」 梨花が小さな声で熱弁した。 そんなに凄い人なんだ…! 私は尊敬の眼差しを向けた。 「確かに家族は凄いけど、私はまだデビューもしてない一般人だから」 私達の話が聞こえていたのか、手を横に振って笑った。 「だから全然普通に接して。仲良くなりたいし、敬語じゃなくていいよ」「え!?…じゃあ、柚葉ちゃんで」 戸惑いつつも、私は照れながら口にした。 「うん!2人は?まだ名前聞いてなかったよね」「あ、私は諸星みらい。で、こっちが真中梨花」 まだプルプルしてる梨花が頭を下げる。 「みらいに梨花ね。改めて、よろしくね」 見上げた空はいつもより青く輝いていた。 「あと一人、誰だろう?」 周りを見回した梨花が口に出す。 私も周りを見回すと皆続々と四人グループとして固まっていた。 「もしかしたら…」 そう口にした柚葉ちゃんがどこかに一人歩いていった。 「柚葉ちゃん?」 私達も慌てて柚葉ちゃんを追いかけた。 「ねぇ、もしかしてKじゃない?」「そうだけど」 振り返った人物を見て、思わず口に手を当てた。 それはさっき、梨花と話していた関あずさちゃんだった。 近くで見ると、そのオーラの眩しさに目がくらんでしまう。 「私達もKなんだ。よろしくね!」 柚葉ちゃんが笑顔で握手を求めようと手を出した。 あずさちゃんは数秒間ジッと私達を凝視し、にこりともせずに、「私は、仲良しこよしするつもりはないから」 柚葉ちゃんの差し出した手を無造作に振り払い、冷静な口調でそう言って立ち去っていた。 微妙な雰囲気が流れる空間で「…わぁ、クール」私は思わず口に出していた。 その後、ガイドの人から注意点などが伝えられて、スタッフの人から課題が与えられた。 「それではこれから登山を開始していきます。登山の間中、皆さんには一グループ一台このカメラを使ってレポートをしていただきます。審査対象となるのでしっかりお願いします」 スタッフの人の手元には、テレビでよく見る棒のついた、手のひらサイズの小さなカメラがあった。 「意外と軽い!」 私は棒のついたカメラを手に口にした。課題で使用するカメラだ。 どうやら今日撮影したものは、来週末に編集されて特別番組として放送されるらしい。 私は知らなかったけど、この間のオーディションも放送されてたらしい。 「これでレポートするんだよね?」 「うん、あぁドキドキするー!」 隣で梨花がぴょんぴょん跳ねた。 「にしても、まさか山を登るなんてね」 山を見上げた柚葉ちゃんがそう言った。 頂上は、はるか彼方にあり、一日であの辺まで行けるとは到底思えなかった。 「では、これから進んでいくのでしっかり付いてきて下さい」 前の方でスタッフの男性がそう叫ぶと同時に列が動き出した。 この山のコースは三つあって、それぞれのコースに別れて登るらしい。 そして私達が登るコースは三つのグループが登ることになった。 「レポートとか、開始したほうが良いのかな?」 「そうかも。…何から始めたらいいんだろう?」 カメラを持ったまま、梨花と、うーんと考えてると「じゃあ、私やってみても良い?」と柚葉ちゃんが手を挙げた。 「うん!じゃあ、お願いします」 私は前にいる柚葉ちゃんにカメラを向ける。 「皆さん、こんにちは!早速ですが私達が今何しているかお分かりですか?そう、なんと山を登っている途中なんです!今日は、皆さんに山登りの魅力を伝えたいと思います。そして、レポーターは私、日比谷柚葉と」 そこまで柚葉ちゃんが言ったとこで私へと手が向けられた。 「あっ、諸星みらいと」 その意味を理解した私は焦りつつも手を挙げて名前を言う。 「真中梨花と」 梨花が名前を言ったところでドキドキしながらカメラの向きを変えた。 「…関あずさです」 びっくりした。 まさか、笑顔を見せてくれるなんて思っていなかった。 しかも、微笑むその姿はすっごく可愛かった。 山を登る前、あずさちゃんの発言を聞いた梨花が教えてくれた。 チームオーデションは誰かが失敗した途端、落選するリスクがあるから、最初から特別合格狙いの子も意外といるって事。 どうやらあずさちゃんもその一人らしい。 でも、せっかくだから仲良くなりたいなぁー。 笑顔を見せてくれたあずさちゃんに期待を持ちながら話し掛けた。 「あの、関あずささんだよね?今日はよろしくね」 あずさちゃんには敵わないけど、私は微笑んだ。 「…私は特別合格狙いだから。だからあんた達もライバル。仲良くするつもりはないから」 あずさちゃんはこちらを振り返る事もなく、そう言い放った。 ライバル…。そう、なんだよね。 ふと忘れかけていた事実になんとなく、肩が重くなった気がした。 「うぅ。どうしたら良いんだろう」 ベンチに腰掛けた私は梨花に助けを求めた。 山も結構登ってきたところで私達は少し休憩することになった。 あれからレポートをしてみるも、あずさちゃんが恐くて中々話し掛けられなかった。 それに…。 「私達、ライバルなんだよね」 「うん。なんか忘れかけてたけど、そうなんだよね。グランプリになれるのは一人だけ」 私達の間にズンと重たい空気が流れる。 すると、柚葉ちゃんが声を掛けてきた。 「ライバルはライバルだけど、蹴落とし合うライバルじゃなくて、同じ夢に向かうライバルでしょ?それに登山をクリアするのが今の私達のやるべきことなんだから」 柚葉ちゃんが励ましてくれたおかげで心が少し軽くなった気がした。 「うん、そうだよね。…ていうか柚葉ちゃん、何聞いてるの?」 柚葉ちゃんの耳元にはイヤホンがついていた。 「あ、これ?霖の曲!好きなんだよね」 「知ってる!いい曲だよね」 私と梨花が頷く。 芸能界に疎い私でさえも知っている。 数年前に一本の動画から大ブレイクしたシンガーソングライターの霖。 霖は絶対に顔を見せず、年齢さえも非公開だった。 そしてデビューから一年余りで霖は電撃引退をしてしまった。 その歴史は今でも伝説として語り継がれてる。 そして、お姉ちゃんは霖に憧れてギターを始めたんだよね。 「…そういえば、柚葉ちゃんはなんでオーデション受けようと思ったの?」 正直、ずっと気になっていた。 今日見てる中でも柚葉ちゃんのレベルはすごく高い。 芸能一家らしいし、もうとっくにデビューしてそうなのに。 「私?…そうだなぁ、私の家族って皆芸能活動してて、自然とやってみたいって思ったんだ。そしたら父に、このオーデションに受かったら芸能活動していいって言われたの」 ペットボトルのキャップを閉めながら柚葉ちゃんが答えた。 「とはいえ、私、このオーデション受けるのこれで四回目なんだよね」 おどけた表情で柚葉ちゃんがそう言った。 「えっ、そうなの⁉…ん?という事は柚葉ちゃんって」 私はお姉ちゃんに雑誌を見せてもらったときに見た対象年齢を思い出す。 「うん、中学3年」「え、じゃあ私達より年上⁉私、敬語…」 すっかり、普通に話してたけど…! 焦る私に柚葉ちゃんが冷静に答えた。 「あぁ、全然大丈夫。同じオーデション受ける仲間だもん。私はこのオーデション受けれるのは最後だから…。絶対受かりたいんだ」 それは出会って初めて見た真剣な瞳だった。 本気なんだ。 柚葉ちゃんがオーデションにかける想いに私も身が引き締まっていくのを感じていた。 「結構日が傾いてきたね」 梨花の声に私も空へと視線を移した。 空はオレンジ一色に染まっていた。 「夜までに山頂手前の山小屋に着くって言ってたけどあとどれくらいなんだろうね」 見る限り、山頂まではまだまだ距離があるように感じる。 足場も悪くなってきたこともあり、少しずつ、息も乱れてきた。 だけど辺りは真っ白な霧に覆われていて、飛行機みたいに上の方に来たんだなぁ、と感じる。 すると、動いていた列が突然止まった。 どうしたんだろう?そう思っていると前の方からスタッフの男性の声が聞こえた。 「これから危険なポイントを登っていくので、注意してください」 危険なポイント? 気になって人の横から首を出して見てみた。 「えっ、壁?」 私は目を瞠る。 それはもう、ほぼ垂直にしか見えない岩の壁だった。 よく見てみると、岩に鎖がくっついている。 まさか、これを登るの⁉ そう思ったのは私だけではないようで、みんなもザワザワとしている。 それでも列は前へと進んでいった。 見てみると、泣きながら登っていく子もいた。 これがスタキャラなの!? 「じゃあ、行ってきます!」 柚葉ちゃんが笑顔でカメラに手を振って登っていった。 私も続けて鎖に手をかけた。 近くで見てみると本来、銀色であるはずの鎖は塗装が剥がれ落ち、銅色に変色していた。 この鎖あんまり丈夫じゃなさそう…。 鎖を握った私は少しの不安を覚えるも、鎖を掴んで、岩場の小さな足場を探しながら慎重に登っていく。 鎖に体重をかけるから、腕がキツくなってくる。 足を踏み外してはいけない緊張感で息も乱れてくる。 それでも、「よいしょっ」 無事に登りきることができた。 「危険なポイントを登り終えたってことは、頂上まであと少しだったりするのかなぁ?」 全員無事に登り終え、山道を進む中で梨花に話し掛ける。 「いや、まだじゃない?確かに、もう結構登ってきたし、暗くなってきたけど」 そんなふうに話していると、再び列が止まった。 「ここが、この山最難関ポイントです!慎重に、暗くなってきたのでヘッドライト着けて登ってください」 え、さっきので終わりじゃなかったの⁉しかもこっちが最難関⁉ 私は再び、気になって人の横から首を出して見てみた。 「何これ…」 姿を目にした瞬間、絶望感に襲われる。 それはもう、完全に垂直な壁だった。 しかも、さっきよりも足場が狭くというか、ほとんど無いように見える。 参加者全員がおびえる表情を見せるも、何事もないように列は前へと進んでいった。 「…っ、ごめん。無理だぁ」 登っていた子が一人、リタイアしたらしく、恐怖と不安が漂う雰囲気となった。 「うわ、近くで見ると結構ヤバイね」 前にいた柚葉ちゃんが口にする。 確かにさっきの岩場とは比べ物にならないくらい危険性があった。 しかも、暗くなってきて視界もあまりよくは無い。 「じゃあ次のチーム登ってください」 隣にいたスタッフの人がそう言った瞬間、私は手を挙げた。 「私が登るよ」 この雰囲気を変えたかった。 私は決意を胸に鎖を握りしめた。 「大丈夫ー?」「頑張れー」 柚葉ちゃんと花梨の声のもと、私はただただ、今、この瞬間、目の前の岩に集中して、少しずつ上の世界に向かっていった。 それにしても、高ぁい…。 ふと、視線をそらすと、かなり高いところにいることに気付いた。 10メートルはありそうだよね。 風の音とともに落ちることへの恐怖がやってくる。 下は見ちゃダメだ! 私はギュっと目をつぶって岩へと視線を戻す。 足の半分も地面につかない中で自分だけが頼り。 アイドルになる為なら、アイドル革命を起こすためならどんな努力も惜しみたくない! 私はこの岩壁も、アイドル革命への壁も、なんだって乗り越えてみせる! 「くっ、あと少し…。っ、たぁー。着いたぁ!」 無事に登り終えることが出来た。 下を見ると柚葉ちゃんと花梨が手を振っていた。 …ていうか、すごいところを登ってきたな。 下を見て改めてそう思う。 学校の屋上からの景色に似てるもん。 そして、柚葉ちゃん、花梨も無事に登り終え、あずさちゃんが登り始めていた。 「結構風吹いてるね」 山の上ということもあり、結構な強風が吹いていた。 夏なのにブルッと震える。 あ、あとちょっとだ。 あずさちゃんも、もう僅かという所まで来ていた。 頑張れって声を掛けたいけど…恐いよね。 そんな事を思いながら、壁の上ギリギリからあずさちゃんを見つめる。 そして、あずさちゃんが手を伸ばした瞬間、ビュオォと今日一番の強風が吹いた。 「っあ」 途端、あずさちゃんが体制を崩し、岩場から落ちそうになった。 「あずさちゃん!」 私は気がついたら手を伸ばしてあずさちゃんの手を掴んでいた。 あずさちゃんの体重が全部私の腕にかかる。 結構、キツイ…! 「わっ、大丈夫かい?」 事態に気がついたスタッフの人、登山のインストラクターの人、そして柚葉ちゃんと梨花が慌てて駆けつけてあずさちゃんを引っ張った。 そして、無事にあずさちゃんも登り終えた。 「…あずさちゃん、ばんそうこう良かったら。さっき腕すりむいてたよね」 少し緊張しながらも、木陰でひと息ついているあずさちゃんにばんそうこうを差し出す。 今は他の子たちが登ってくるまでのしばしの休憩タイムだ。 「…ありがとう」 小さくあずさちゃんがそう言って、ばんそうこうを受け取った。 爽やかな風が私達の間に流れた。 「…どうして助けてくれた?だって、私が落ちた方が、ライバルがいなくなった方がオーディションに受かる可能性は高まる」 「どうしてって…。それは仲間だからに決まってる。確かに私達はライバルだけど、一緒にオーディションを受ける仲間でしょ?」 そう言うと、あずさちゃんは何かに気がついたような表情をして、黙り始めた。 えっ、私何かマズイこと言っちゃった!? 「…私は小さい時から芸能の仕事をしていて、数え切れないくらい多くのオーディションを受けてきた。同世代の子ともあまり話すことはなくて、気がついたら全員がライバルだと思っていた。…でも、それだけじゃないんだな」 小さい時から芸能界にいて、あずさちゃんはそんなことを考えていたんだ。でも… 「…私は逆にあずさちゃんにライバルって事を教えてもらえた。だから私もあずさちゃんには感謝だよ」 私がそう言うと、あずさちゃんはフッと頬を緩めた。 「ていうか、ちゃん付けとか良いから。…みらい」 「えっ、えっ」 「ほら、早く行こう」 予想外の言葉に驚いているとあずさちゃん、じゃなくてあずさが駆けていった。 「うん!」私達も笑いあって駆けていった。 「…ふぅ」 休憩所でペットボトルの水を飲んで一息つく。私達は山小屋までもう少しの所まで来ていた。 だけど、岩の壁や、足場の悪い道、そして酸素が薄くなっていく中、口数は減ってきた。 その上、木製の壊れかけの橋や、崖に挟まれた細い岩場を歩いたりと、体力は限界まで来ていた。 中にはかなり遅れる子もてできた。 「…っごめん」 ふと、涙をすする声がして視線を移した。 そこには、すすり泣きしている子が一人に複雑な表情を浮かべてる三人のグループがあった。 明らかに不穏な空気が漂っている。 「高山病になったみたいだよ」 近くにいたあずさが教えてくれた。 「高山病?」「酸素が不足することによって引き起こされる病気。だからこれ以上山は登れない」 だからあんなに不穏な空気…。 リタイアする事になると、個人、チームとしてもオーデション合格にかなり遠ざかることになる。 不安が伝染しそうになる。 「皆さんー!移動しますよ!」 スタッフの男性に声を掛けられ、慌てて立ち上がる。 行かないと! 「梨花行こう。…梨花?」「え?」「…梨花大丈夫?」 梨花の様子が変だったような気がした。 「…っ、大丈夫だよー。ちょっと考え事してただけ。行こっ」「なら良いけど…」 不確かな不安と共に私は歩を進めだした。 「…はむ…っおいしぃー!」 スプーンを持ったまま、私は笑顔になる。 カレーが喉を通り、全身に染み渡る。 あれから歩き続けて、ようやく山頂手前の山小屋まで来ることができた。 やっぱり運動したあとのご飯って最高に、おいしいんだなぁー。 カレーをスプーンですくいながらそんな事を思っていると隣のテーブルが騒がしい気がして視線を移した。 「…あんたのせいでっ!」「ごめん…」 完全に修羅場状態になっていた。 不穏な空気がまたもや漂っていている。 「…どうしたのかな?」 向かいにいた柚葉ちゃんにこそっと聞いてみる。 「グループの一人が高山病でリタイアするんだって」 柚葉ちゃんが耳打ちで教えてくれた。 また高山病…。 「高山病になんてなったら、オーデション落ち、決定的だよね」 私達の会話が聞こえていたのか、あずさちゃんがぼそっと言った。 苦しい現実に黙り込んでしまった私は気づいていなかった。 梨花の様子がおかしい事に_。 「みらい、ちゃんと水持った?」「あっ、忘れてた!」 しばらく仮眠をとり、体力がだいぶ回復した私達は朝方、まだ真っ暗な中、出発することになった。 柚葉ちゃんに言われて、ペットボトルの水をリュックサックに入れた私はチラリと梨花を見る。 本人は否定するものの、朝から明らかに顔色が悪かった梨花は医師からの診察を受けていた。今も焦点が合ってなく、ぼーっとした様子で心配になる。 いつもは高く上がったポニーテールが、心なしか今日は沈んで見える。 「チームKの皆さん、ちょっといいですか?」 診察の終わったお医者さんと話をしていたスタッフの男性が私達を集めた。 なんだ、なんだ、と思いつつ、私達はすぐさま集まった。 「先程、高山病とのドクターストップがかかったので、真中さんはここでリタイアとさせて頂きます。ここからは三人で登ってください」 梨花がリタイア…!? 上手く現実を受け止められなくて何も言葉が出なかった。 そして、現実を受け止められなかったのは梨花も同じだった。 「待ってください!私、登れます!だからリタイアなんてしないです!お願いします」 これまで見たことが無いくらい、梨花は取り乱し、涙を見せながら懇願した。 「これから、下山もするんです。真中さんのこれからを考えるとリタイアすべきです」 「…っ、そんなぁ。…っう、」「梨花…」 梨花は身体を震わせながら涙を流す。 私は耐えられなくて梨花に寄り添った。 この先、梨花がいないなんて…。 暗い雰囲気の中、私の瞳にもジワリと涙が浮かぶ。 その途端、「泣いたら…泣いたらだめだ!」 その声がこまくを揺らした。 「え?」 振り返るとカメラを持ったあずさがそう口にしていた。 「私達は、カメラがある限り、笑わないといけない。そして、笑って見てくれている人に幸せを届けるんだ」 あずさの真剣な眼差しに私はあっ、と思い出した。 『みらいの笑顔を見てるとなんだか自然と嬉しくなっちゃうんだよね』 お姉ちゃんが言ってくれた言葉。 そういえば私もいつもアイドル達の笑顔に幸せをもらっていた。 それを思い出したのは柚葉ちゃん、そして梨花も同じだった。 「そっか…、そうだよね。…うん。…私、真中梨花はここでリタイアとなりますが、想いはあとの三人に託したいと思います!」 梨花は涙を拭い、カメラに向かって笑顔を見せた。 それはきっとみんなを幸せにする笑顔だった。 「梨花の想いも背負って必ず、ご来光を見てきます!」 誰かに幸せを届けたい…! 私もカメラに向かって笑顔を見せた。 「…ふぅ」 真っ暗な中、一歩一歩着実に登っていく。 梨花は下山が決まり、少し休んでから山を降りることとなった。 梨花の想いも背負って登らないと…! 拳に力を込める。 「みなさーん!頂上まであと少しです!」 スタッフの声が響く。 ふと、見上げてみると頂上の姿が見えていた。 あと少しなんだ…! 「みらい、登山ラストに一言お願いします」 感激していると、柚葉ちゃんがカメラを向けてきた。 「はい、ここまで大変でしたが、梨花の想いも背負って、最後の最後まで笑顔で登りたいと思います!」 私はカメラに向かってピースサインを向ける。 その瞬間、前の方でわぁっと歓声が上がった。 それと同時にあずさが声を出した。 「二人とも、もう着くよ!」 あずさの声で目の前を見ると、 「わぁ!」 そこには地球をどこまでも見渡せそうな、広大な景色が広がっていた。 周りの子達も歓喜の声を上げている。 山頂、と書かれた木製看板も立っている。 「みなさん、ここが頂上です!」 本当に着いたんだ…! 達成感が身体全身に溢れてくる。 よく見てみると、別のコースから山頂にやってきた子達もいる。 「やっほー」 興奮して、いても立ってもいられなかった私は思いっきり叫んだ。 やまびことなって梨花の耳にも届くといいな。 「みらい、もうそろそろでご来光だって」 カメラに向かって話していたあずさと柚葉ちゃんが声を掛けてくれた。 ご来光、すっかり忘れてた! 私は急いで二人に駆け寄った。 しばらくすると 「うわぁー」 赤く輝く太陽が上がってきた。 綺麗な景色だった。 「なんかさ、分かった気がするね」 太陽を見ながら私は口にした。 「何?」 「笑顔の本当の意味。笑顔って幸せだからするものだと思ってたけど、誰かに幸せになってもらうために笑うんだね」 ふと、横を見るとオレンジ色の光の中、柚葉ちゃんとあずさが頷いていた。 頂上から見る太陽はものすごく、輝いて眩しかった。 私もいつか、あんなふうに輝きたい…! ううん、絶対に輝くから…! 「私、絶対にアイドル革命を起こしてソロアイドルの時代を作ります!だから、見ててください!約束します!!」 気が付いたら光り輝く太陽に向かってそう叫んでいた。 そして山を降りてからはあっという間に、オーデション結果発表の時間になっていた。 「あっ、二人ともこっち!」 ドアノブを回して部屋に入ると、あずさと柚葉ちゃんが手を振って呼び掛けてきた。 「梨花、身体大丈夫?」「うん、高山病だったの忘れていたくらい。ありがとう!」 柚葉ちゃんの問いに梨花が答えた瞬間、後ろのドアが開いてスタッフの人達が入ってきた。 その瞬間、空気がガラリと変わった。 「では、これからスタキャラ二次オーデション通過者の発表を致します」 ゴクリとつばを飲む。 「今回の合格人数は12チーム中4チーム。そして特別合格として個人評価の良かった3人を合わせた19名です。では発表していきます」 願いを込めてぎゅっと手を合わせる。 どうか、私達四人で合格出来ますように…! 「チームB、中山さくらさん、松下…」 私達のチームはK。チーム順に呼ばれていくのなら最後になる。 「チームF、坂田結さん、西口…。チームG、伊藤えりなさん、新藤…」 ラスト1チーム! お願いします…! 手を合わせてぎゅっと目をつぶる。 「最後、チームK関あずささん、日比谷柚葉さん、真中梨花さん、諸星みらいさん」 胸がドクンと響く。 合格した…? 前にいたあずさと柚葉ちゃんが振り向いて笑顔を見せた。 受かったんだ…! 私は涙を溢さないように上を見上げた。 あずさ、柚葉ちゃん、梨花、ありがとう…! 私は心の中で想った。 「それでは早速ですが、三次オーデションの審査内容を発表させていただきたいと思います」 別室へと移動した私達はスタッフからの説明を受けていた。 結局、オーデションの結果に登山の成功の有無は関係なかったようで、それまでの過程が大切だったらしい。 「三次オーデションの審査内容はズバリ、動画生配信です」 「動画生配信?」 あまり耳にしたことのない単語に私は首を傾げた。 「動画配信サービスを使って皆さんには三十分間一人で、自由に動画を配信してもらいます。動画は一週間限定で公開され、見てくださった方には投票をしてもらいます。そして、投票の結果も踏まえて最終オーデション参加者八名を決めたいと思います」 三十分間一人で…。やったことの無い経験に不安がよぎる。 「ちなみに、審査は明日の午後から行います。準備期間は一日もありませんが、皆さん頑張って下さい」 スタッフの男性はそう言い残して去っていった。 明日…!? 私はというと、一人困惑していた。 「…らい、みらいってば!」「わっ、何⁉」 目の前の柚葉ちゃんの声に驚く。 オーデションの説明を受けた後、私達はホテルで夕食をとっていた。 「何じゃないよ、ぼーっとしちゃって、どうしたの?」 「あー、オーデションのこと考えてて…」「動画配信の?」「うん、一人で三十分間も出来るかなーって」 私は不安を漏らす。 不安をドキドキ、ワクワクに変えようとは思ってるものの、ついつい、こうやって考えてしまうのが私の悪いとこなのかもしれない。 「まぁ、確かに。私も前にこのオーデション受けたときに思ったよ」 「え、そうなの?なんか柚葉ちゃんって何でもすぐに出来ちゃうイメージがあったから。ほら、登山のレポートとか…」 「それは、努力したからねー。っていうか、きっと皆そうだよ。あずさとかも、しれっと何でも出来ちゃいそうだけど、あの姿勢は相当努力しなきゃ出来ないよ」 柚葉ちゃんはお代わりをとりに行っている、意外にも大食いなあずさの姿を見てそう言った。 みんな、努力してここにいるんだ…。 私もここに来るまで努力はしてきたつもりだけどまだまだなのかも。 という事は、私はもっと努力しないとオーデションに合格出来ない…。 そして、アイドル革命を起こせない。 …うん、頑張るしかないよね! 私は頬をペチんと叩いて気合いを入れた。 「みらい、大変大変!起きて!!」 オーディション当日の早朝。 気持ち良く寝ていたところを、そんな大声で起こされた。 「…なぁに?こんな朝早くから…」 重たいまぶたをこすりながらベットから起き上がると、私と同じくまだパジャマ姿の梨花と部屋が違うはずのあずさ、柚葉ちゃんまでもが着替えた姿で目の前に座っていた。 「…なんでここに…」 「これ、見てもそんな寝ぼけてられる?」 寝ぼけた私に、真剣な表情のあずさがスマートフォンの画面を見せてきた。 「これって、トレンダー?」 そこには世界中で使用されている、つぶやきトレンド投稿サービスのSNSの画面が映っていた。 「ここ」 あずさがそのキレイな爪で、スマートフォンの画面を叩く。 私は目を凝らしてその画面を見つめた。 話題のつぶやき…。 「…ん?…って、ええええっっっ!!」 画面に映る文字を見た瞬間、思いっきり叫びながら私は思わず後ずさっていた。 後ずさり過ぎて、ベットから落ちた。 「いったっいー!」 「目、覚めたか?」 あずさがベットの上から手を差し出しながら、声を掛けてくる。 「これって、もしかして…」 「もしかしなくても、みらいの事でしょ」 そう、スマートフォンの画面の話題のつぶやき欄に『アイドル革命 (諸星みらい)』と表示されていたのだ。 「なんで…」 「みらい、昨日のテレビ見てないの?」 不思議そうな顔で柚葉ちゃんが聞いてくる。 「テレビ…?」 確か昨日は夕食を食べたあと、疲れて眠っちゃったんだっけ。 「うん、ほらこれ」 柚葉ちゃんがスマートフォンを操作して私に見せてくれる。 同じくテレビを見ていなかった梨花も横からひょっこりと首を出して覗き込む。 『密着取材!スタキャラに挑むドラマチックガールズ!!』 朝の情報番組で聞いたことのあるアナウンサーの声で、そんな文字が画面に映る。 「何これ?」 「えっ、みらい知らないの?」 私の疑問に、隣の梨花がぎょっと目を見開く。 「え…、うん。そんなに有名な番組なの?」 こんな番組、聞いたことないけど…。 「有名っていうか…」 「本気で知らないの?」 信じられないといった表情で梨花と柚葉ちゃんが尋ねてくる。 「うん…」 「…マジか」 あずさちゃんまでもがボソリと言う。 「えっ、何?」 「まぁ、とにかく見てたらわかるよ」 不思議な疎外感を感じながらも、柚葉ちゃんの言う通り画面に目を向ける。 『今回の密着二回目はスタキャラ二次オーデションです。スタキャラの中でも最も過酷と言われる二次オーデション。その審査内容は…まさかの登山でした。』 「あっ、これって」 画面に映って初めて気が付く。 そんな私の表情を見て、呆れたようにあずさが話し掛けて来る。 「これは、スタキャラの密着番組。一次オーデションの時も放送されてたのに、知らなかったの?」 「うん…知らなかった」 「一次オーデションも二次オーデションもカメラ持った人とかたくさんいたでしょ?」 「そういえば…」 私は頭の中でオーデション会場を思い出す。 今思えば一次オーデションも二次オーデションも、テレビで見るような大きなカメラや機材を持ったスタッフさんがたくさんいた。 それに登山前にもそんな事をスタッフさんに言われたっけ。 「でも、これがどうして」 「とにかく見たら分かるから」 あずさがさっきと同じような言葉を繰り返すので、私は黙って見ることにした。 「…って、ほとんど柚葉ちゃんとあずさしか映ってないじゃん」 放送開始からしばらく黙って見ていたけど、個人として映るのは柚葉ちゃんとあずさばかりだった。 それ位、二人は注目されているんだろうけど…。 「しかも、もう終わりそうだし…」 番組はどう見ても終盤に差し掛かっている。 不信感が心に溜まっていく。 「もうすぐだよ」 柚葉ちゃんがそういった瞬間、画面が絶景に切り替わった。 それは、私達も見た山頂からのご来光だった。 「…こんな感じだったんだ。キレイだね」 梨花が哀しげにそう呟くと、画面がまた切り替わって頂上にいる私達が映し出された。 『私、絶対にアイドル革命を起こしてソロアイドルの時代を作ります!だから、見ててください!約束します!!』 「あっ…」 そしてその私の一言で番組は終わった。 「ね?分かったでしょ。この番組を見た人達がトレンダーにみらいのアイドル革命のことを書き込んで話題になったってこと」 番組を見終えたあずさが淡々と話す。 本当にアイドル革命が…。 自分のしたことに今更ながら、心臓がバクバクと跳ねる。 指先も震えていて、寒いのかと勘違いしてしまいそうになる。 「みらい、大丈夫?」 そんな私を見て梨花が心配そうな表情をする。 私はゴクリと舌の上にあったツバを飲み込んで口を開いた。 「すごい!すごい!本当にすごい!これならアイドル革命を、ソロアイドルの時代を作れちゃうよ!」 「すごいって…。自分で言っちゃうのね」 半ば呆れたように、でも笑みを浮かべて梨花が話した。 私もその雰囲気に包まれるように笑みがこぼれる。 あっ、もしかしてお姉ちゃんこうなる事を予想してたとか…? お姉ちゃんの余裕のある笑みを思い浮かべた。 「ねぇ、そもそもアイドル革命って何?」 そんな私達を見て、ためらいがちに柚葉ちゃんが小さく手を上げた。 「私もそれ、気になってたんだけど」 あずさも賛同するように手を上げる。 そういえば、二人にはアイドル革命のことを説明してなかったっけ。 あっ、と思い出した私は梨花の協力を借りつつ説明に乗り出した。 「…なるほどね」 二人が納得したように頷く。 「アイドル革命。ソロアイドルの時代か…。いいじゃん、それ。協力するよ」 「うん、アイドル革命なんて面白そう!私も協力する!」 そして、二人は笑みを浮かべた。 「二人とも…!ありがとう!」 梨花に続いて二人までも協力してくれるなんて…! 感動で胸が熱くなる。 「じゃあ、そうと決まれば作戦会議じゃない?」 胸の前で手を叩いた梨花が嬉しそうにそう言った。 「第一回、アイドル革命作戦会議ー!」 「いえーい!」 パジャマから着替えた梨花の言葉に、私は盛り上げるように声を上げた。 あずさと柚葉ちゃんも、手を叩く。 「…て、作戦会議って何するの?」 私のそんな質問に三人がイスからコケる。 それはもう、テレビのバラエティみたいなコケ方で、思わず感心してしまうほどだった。 「作戦会議は作戦会議!どうしたらアイドル革命を起こすことが出来るのか、それについて考えます」 梨花がビシッと指を立てた。 その雰囲気はなんだかお姉ちゃんのような頼もしさを感じた。 「まず大前提としてはオーデションの合格だよね」 あずさの言葉でどこから持ってきたのか、梨花が移動式の大きなホワイトボードに書き込んでいく。 「アイドル革命を知ってもらうのも大切だよね」 私はふと思いついて口にした。 テレビの力で広めることは出来たけど、まだまだ届いていない人達はいそうだもん。 「後は…アイドル革命っていう言葉だけじゃなくてその意味も伝えることじゃない?私達も聞くまで分からなかったし」 「確かに…」 柚葉ちゃんの言葉にみんながうなずく。 気付かなかったけど、アイドル革命って言葉だけを聞いても分からないのかも…。 「あっ、そういえばさ」 「…うん、こんなもんかな」 梨花がカチリとマジックペンのキャップを閉めてうなずく。 作戦会議を始めてから約一時間。 ホワイトボードは梨花の黒い字でびっしりと埋まっていた。 一時間も真剣に考えて話していたので、疲労が私をおそってくる。 そんな私をよそに、梨花が話し続ける。 「とりあえず今やることは、オーデション合格へ努力すること。柚葉ちゃんとあずさの力も借りて、オーデションやトレンダーでアイドル革命という言葉をとにかく連発すること。そして、今日の三次オーディションでみらいがアイドル革命について説明すること、だね」 「…えっ!私⁉️」 突然名前が出てくるから、びっくりした。 「さっき、そんな話してたじゃん。聞いてなかったの?」 また呆れた目であずさが聞いてくる。 そういえば、なんかそんな話をしていたような、していなかったような…。 …最後の方はぼーっとしちゃっていたのもあって、全然覚えてない。 ていうか、オーディションって今日だし…! 「そして、最終目標はアイドル革命をトレンダーで世界一のつぶやきにしよう!そうすれば、アイドル革命が世界中で起きたと言える!」 「…それは難しくない?」 熱くなる梨花に冷静にあずさちゃんがツッコむ。 「むぅ」 後ろで頬をふくらませる梨花をよそに柚葉ちゃんが話す。 「ま、とにかくみらい、今日の配信よろしくねっ!」 その柚葉ちゃんのウインクは、ずっと私の頭に焼き付いていた。 そしてあっという間にオーデションの時間となった。 「ではこれからオーデションを開始します。部屋数の都合上、三名ずつ順に行っていくので順番がまだの人は各自自由に待っていてください」 結構時間あるなぁ。 順番の書かれたホワイトボードを見て思う。 私の順番は最後。あずさと同じ時間だ。 近くにあった掛け時計を確認しても、私の番まではまだ三時間半はあった。 せっかくだし、ちょっと休もうかな…。 私は数時間かけて、なんとか考えた原稿を手に持ってオーデション会場をあとにした。 「…うん、大丈夫そう」 ホテルのロビーにあるソファで一応原稿の最終確認のために、紙に目を通した私は満足感とともにホッとひと息ついた。 オーデションでの動画配信の内容は自己紹介とアイドル革命の説明をメインにしたもので、短時間で詰め込んだ割にには自信があった。 楽しくやれたらいいなー。 そんな事を考えながら、ふと、視線を前の方へと移すとそこには女性がいた。 サングラスに大きなツバのついたぼうし。 ザ、セレブ。みたいな格好だ。 だけど、その顔はなんだか見覚えがあった。 …んん?なんか見たことのある…。 頭をフル回転させたところで思い出した。 あの時の…! それは書類審査でカメラの向こう側について悩んで散歩した時、川沿いで歌を歌っていた女性だった。そして、気がついたのは女性も同じだった。 「…あなた、あの時の!」 「へぇ、スタキャラでアイドル革命…」 「はい、もうすぐオーディションなんです」 私はいつのまにか、ここに至るまでの経緯を話していた。 普段は話さないような事もなんでか、目の前の女性には話したくなるような雰囲気があったんだ。 「へー」 女性が私の原稿に視線を落としながら相づちを打った。 「あの、お姉さんはどうしてここに?」 「あぁ、今日はちょっと用事があって。…それよりさ」 女性が原稿を置いた瞬間、口調が変わった。 それは真剣、そのものだった。 「はい?」 なんだろう…、と思いつつ尋ねる。 「このままだと、あなたはオーデション落ちるんじゃないかな?」 「へ?」 なんかナチュラルな流れで重大な事を言われたような気がする…。 頭が追いつかない。 「つまり、この原稿だとあなたはアイドル革命を起こすことが出来ないってこと」 女性は私の原稿を指差してそう言った。 アイドル革命を…起こせない? 困惑のまま、疑問を口にした。 「なんで、ですか?」 「…オーディションまで時間あるんだよね」 「えっ、はい。あと、三時間は」 質問の意図が分からなくて、焦ってしまう。 なんでそんな事を…? そう考え始めた瞬間、私は女性にやや強引に腕を引っ張られた。 「んじゃ、ちょっとおいで」 「えっ、ちょっと…!」 一体なんなの!? 私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。 「…着いた、着いた」 女性がそう言って車の扉を開ける。 あの後車に乗せられて、どこかに移動してきた。 もしかして、危ない人なんじゃ…。 そんな不審感が頭を何度もよぎる。 「あの、一体どこに…」 「すぐに分かるよ」 そう言うと、女性は大きな建物の中へ入っていったので、慌てて追いかける。 建物の中はとても広くて、どこかの会社のようだった。 「ここは…?」 アルミ製の白い階段を上がりながら聞くけど、相変わらず濁される。 オーディションに遅れないように、時計を確認しながら考える。 本当にどこなんだろう…? 階段の終わりが近づくにつれて、どこからか音楽が聞こえてくる。 この曲って確か、colors!の…。CMでよく聞く、colors!の新曲だった。 「ほら、おいで」 階段を上り切り、すでに廊下の奥の方まで進んでいた女性が立ち止まった。 廊下にはいくつかの扉と小さな小窓が並んでいた。 「ちょっとこの窓、のぞいてみて」 「はぁ…」 一体何なんだろう…。 疑問感とともにそっとのぞき込む。 「えっ、なんで…」 のぞいた瞬間、私は息を吸うのも忘れるくらい、驚いた。 だって、そこにいたのは…。 「今はcolors!のレッスン中ね」 今大人気の七人組女性アイドルグループ、colors! デビュー二年目にも関わらず、アイドル界の様々な賞を総ナメにした天才的トップアイドルグループ。 そんなメンバーが今、私の目の前で歌って、踊っているのだ。 「なんで…」 私は思わず疑問を口にしてしまう。 colors!のレッスンなんて普通見られない。というか、見られるわけがない。 「ま、ちょっとした関係者ってとこかな」 「関係者…」 まさか、身近にいるなんて…。 不審者かと疑ったことを後悔した。 それにしても…。 私はcolors!に目を向ける。 七人全員がテレビでは見せたことのないような、真剣な表情で激しくステップを踏んでいる。 それがどのくらいの時間なのかは、床に飛び散っているたくさんの汗を見れば分かった。 「colors!は、よく天才的トップアイドルグループと言われている。確かに、彼女達にはその才能は十分にあると思う。けど、それ以上に誰よりも厳しい努力を積んでいる」 女性がそう言うと曲が終わり、私達がいるのとは別の入口から関係者らしき男の人が入ってきた。その瞬間、倒れ込むように座っていたメンバー達が息を切らせながら立ち上がった。 そして、一瞬で 「お疲れ様です!」 いつもテレビで見るような明るい笑顔になってそう言った。 「うそ…」 正直、信じられなかった。 あんなにレッスンをしてたら、声も出ないはずなのに…。 「アイドル革命って、すごく面白そうだし、良いと思う。だけど、それを起こすためにはcolors!以上の、彼女達以上の努力をしないといけない」 言葉が出なかった。初めて、自分の努力という言葉の甘さに気がついた。 「そもそも、アイドル革命を起こせちゃうかも。あなた、そんな甘い言葉で良いの?…アイドルの世界は少しの才能と多くの努力で成り立っている。自分の甘さに気付けない内は、アイドルとして活躍することは到底無理」 そう言う、女性の瞳は真剣そのものだった。 胸がドクンと弾ける。 自分の甘さにガツンと思い知らされた。 見えないところでどれだけ努力をしているのか。 柚葉ちゃんも言ってた…。 それなのに、私は…。 ただただ、悔しくてくちびるを噛みしめた。 そして、涙をこらえるようにして、私は下を向いていた。 「…ありがとうございました」 車から降りて、運転席に座っている女性に頭を下げる。目の前には、オーディション会場のホテルが立っていた。 「…どう思った?」 「…え?」 窓枠に肘を置きながら話す女性に私は思わず聞き返した。 「colors!を見て、私の話を聞いてどう思った?正直な感想を聞かせて欲しいの」 正直な感想を…。 その答えは考えるよりも先に出た。 「…悔しいです。自分の甘さに気付けなくて…。努力しているみんなに気付けなくて…」 目頭がじんじんと熱くなって、たまらず涙が溢れてくる。 女性の言う通り、本当にこんな私じゃアイドル革命なんて起こせない…。 後悔の念に襲われる。 だけど、女性はそんな私を見て予想外の言葉を出した。 「…きっとあなたなら、出来るよ。起こせるよ。アイドル革命」 「…えっ?どうしてですか?私、まだ何も…」 努力もまだまだなのに…。 さっきまでの言葉と違いすぎて、困惑してしまう。 「だって、悔しいという気持ちがあるんだもの。それがあれば、どんな難題だってきっと乗り越えられる。悔しさをバネにして、前へと進めるから」 「悔しさをバネに…ですか?…そっか、私、前へと進めるんですね!もっと、頑張ります!まだ、オーディションまでは時間がありますから!」 私にはまだ可能性がある。 そう思えるだけで、頑張ろうと思えてきた。 「そんなあなたに期待してもう一つだけ教えてあげる。…あなたの原稿にはアイドル、そして芸能人になる上で一番大切なことが忘れられてる」 女性は私の瞳をまっすぐ、撃ち抜くように見てきっぱりそう言った。 出会ってから時が浅い私でも分かった。 その言葉が本当だってこと。 「一番大切なこと…」 「アイドルを見てきたあなたなら分かるんじゃないかな。…っと、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、またね」 「ちょっ」 私の声も届かず、女性は真っ赤なスポーツカーを発進させてどこかへと消えてしまった。 「一番大切なことって何…?」 「次の方入って下さいー」 私の前の時間帯の人達が部屋に入っていく。 あれから女性に言われたことについて考えていたものの、全然分からなかった。 なんとか努力しようと、あれから練習はたくさんしたんだけど…。 あと30分しかない…。 壁に掛かっている時計を見て、私は焦っていた。 ちらりと横を見るとあずさがオーディション前とは思えないほど、落ち着いて座っている。 あずさなら分かるかも…! 「ねぇ、あず…」 私はハッとした。 『アイドルを見てきたあなたなら分かるんじゃないかな』 これは、自分で考えなきゃ…。 「次の方お願いします」 私はスタッフの人に促されて部屋の中に入った。 そこには結構本格的なカメラやテーブル、ホワイトボードがあった。 「10分後にスタートするので準備お願いします」 どうしよう…。 ドクドクと心臓が早く打っていく。 額からはいつの間にか汗が流れ出ている。 女性から言われたことはまだ分からなかった。 このままだと、オーディションに…。 その瞬間だった。 「みらいー」 ふと、名前を呼ばれて視線を移すとドアの向こうでオーデションが終わった梨花と柚葉ちゃんがヒラヒラと手を振っていた。 二人に手を振り返している内に、自然と焦っていた気持ちが少し楽になってきた。 一度、冷静になって考えてみよう。 あの女性は、アイドル、そして芸能人になる上で一番大切なことが忘れられてるって言ってた。 つまり、アイドルが一番大切にしてることだよね。 いつも、私の見ていたアイドル達は何を大切にしていた? 私は記憶を掘り起こす。 アイドルの記憶なら何度も見てきたから、分かる。 私の見てきたアイドルは…。 瞳を閉じて考える。 「…分かった!」 その瞬間、記憶と記憶が結びあった。 そっか、そういう事だったんだ。 なら…! 「みらい、オーデションの結果、今日だったっけ?」 お姉ちゃんがカップのアイスを私に渡しながら口にした。 「うん、もうすぐ電話が来るかも」 私はアイスを受け取って返事をした。 「みらい、意外と落ち着いてるね」 「うーん、緊張はしてるけど…。でも、全力をつくせたと思うし、それに、気が付けたから!」 「気が付けたって、何に?」 「アイドルとして大切にすべきこと!」 アイスを口に運びながら話す。 「それは何?」 お姉ちゃんの問いかけにあの時のことを思い浮かべる。 「…それは、ファンの人だよ」 そう、アイドル達はいつもファンのみんなを大切にしていた。 ファンのみんなに元気になってもらいたい、喜んでもらいたい、笑顔になってもらいたい。 私もそんなアイドルたちに元気を貰ったファンの一人だった。 「だから、配信の中で私は何よりも見てくれる人達を大切にした。そしたら、見てくれた人たちもどんどん、笑顔になってくれたんだ。それが凄く嬉しかったなぁ」 私はフフッと声を出す。 ふと、隣を見るとお姉ちゃんも笑顔になっていた。 それにしても、あの女性は何者なんだろう…?colors!の関係者とは言ってたけど…。 その瞬間、手に握っていた電話が鳴った。 来た…! この瞬間はやっぱりドキドキする。 そんな気持ちの中、恐る恐る手を通話ボタンに重ねて耳に当てた。 「…もしもし」 「お世話になります。先日の第37回全日本スターキャラバンオーディション件でお電話致しました。諸星みらいさんのお宅でよろしいでしょうか?」 オーデション会場にもいた若そうな男性の声が聞こえる。 「はい、そうですが…」 「…おめでとうございます!! 三次オーデション通過致しました!」 全身に響いていく。 すぐに嬉しさでいっぱいになった。 「ありがとうございます!」 私は力強く返事をした。 「おめでとう」 電話を切った途端、お姉ちゃんがそう言ってくれた。 「ありがとう!」 「次が最終オーデションでしょ」 「うん、公開面接と自己アピールだって」 私はさっき電話で聞いたことをお姉ちゃんに伝える。 「最終オーデションはアイドル革命を宣言するのに絶好のチャンスだね」 「宣言?」 「うん、アイドル革命はもう起こり始めてる」 そう自慢げに言うと、お姉ちゃんはスマホの画面を見せてきた。 「みらいの配信のあと、何度もトレンダーでアイドル革命が話題になった。そしてその影響もあってか、ここ最近、今までほとんど無かったソロアイドル募集のオーデションが増え始めてる」 確かにスマホの画面にはソロアイドル募集!と書かれた、たくさんのオーデションが並んでいる。 「最終オーデションは毎年テレビや雑誌の取材がたくさん入る。そこでグランプリに輝いたみらいがアイドル革命の成立を宣言すれば、アイドル革命は誕生する!」 「うん。私、絶対アイドル革命を起こしてみせる!」 私はあの時女性に言われた言葉を思い出す。 アイドル革命を起こせちゃうかも、じゃない。 絶対に起こしてみせるんだ! 「で、みらいは自己アピール何にするの?」 「…うーん、そうだなぁ。そもそも、自己アピールって何したらいいのかなぁー?特技とかも何もないし」 私はふと不安を漏らした。 公開面接はおいとていて、自己アピールでの特技という特技が思い浮かばなかった。 人に見せることの出来るような特技なんて持ってたっけ? 「んー、みらいにはあるよ。特技」 頬杖をつきながらお姉ちゃんは含みのある笑みを浮かべた。 「え、なに?」 その笑みになんだか、ゾクッと恐怖を覚える。 お姉ちゃん、一体何を…? そんな私を見てお姉ちゃんは耳打ちしてきた。 「…それでいいのかなぁ」 私は唇を噛んで考える。 ぶっちゃけ、不安しかない。 アイドルを目指すオーデションにふさわしいのかな…? 「斬新でしょ。みらいにしか出来ないって、こんなこと。それに、自己アピールの内容はそれだけじゃない」 「それだけじゃないって…?」 「そういえば梨花達は、オーデションの結果どうだったのかな?」 お姉ちゃんがバンドの練習で出掛けたあと、私は思わずそうつぶやいていた。 ふと、梨花やあずさ、柚葉ちゃんのことを思い浮かべる。 三次オーデションは一次とは違って、全員に結果が連絡される。 多分もう、結果が分かってる頃だと思うけど…。 「…聞いてみちゃおうかなぁ?」 私は意を決して棚から固定電話を取って、番号を入力して耳に当てた。 呼び出し音が一回、二回…。 「…もしもし、みらい?」 電話越しに梨花の声が響いた。 電話越しだからか、なんだかいつもと違って聞こえる。 「うん」 「ちょうど私も連絡しようと思ってたんだ。オーディションの結果でしょ?」 見事に言い当てられてちょっとびっくりした。 でも、梨花は本当に私のことを見てくれてると思うと嬉しくなる。 「無事に、合格したよ」 嬉しそうな梨花の声が耳いっぱいに広がった。それを聞いて、私もうれしくなった。 「梨花、おめでとう!私も、合格したよ」 「うん、なんとなくわかってた。だって、みらいの配信、すごく良かったもんん。私もついつい、投票しちゃったし」 「本当に?ありがとう!」 梨花に褒められて私は一段とうれしくなる。 ついつい、笑顔がこぼれてしまう。 「私も…もっと…」 「もっと?」 「あ、ううん。なんでもない。さっきね、あずさにも電話したら合格したって言ってた」 梨花の報告に更に嬉しくなる。 あずさはかなり強力なライバルだけど、それでも嬉しかった。 「…柚葉ちゃんは」 柚葉ちゃんも受かってたら…!私は期待とともに耳を傾けた。 「さっき、電話があったんだけど…柚葉ちゃん、だめだったみたいで…」 明るかった梨花の声のトーンがどんどん下がっていった。 同時に私の気持ちも下がっていく。 落ちる、それがある事は頭では理解していたはずなのに、実際目の当たりにすると信じられなかった。 「柚葉ちゃんが…」 私はぎゅっと下唇を噛み締めた。 やりきれない気持ちでいっぱいになり、心がキュッ、と辛くなる。 私達、本当にライバルなんだよね…。ふと、そんな実感を覚えた。なんだかようやく、前にあずさが言っていたライバルを理解できたような気がした。 「柚葉ちゃん、みらいにも電話するって言ってたから、多分もう来るんじゃないかな」 静かな声で梨花が言った。 「うん、ありがとう」 柚葉ちゃんからの電話のため、私はそう言って電話を切った。 すると、すぐに手の中の電話の着信音が鳴り響いた。 「もしもし…」 「あ、みらい?私、柚葉だけど…」 電話越しに聞く柚葉ちゃんの声はいつもと変わらないように思えた。 「うん」 「…もしかして、もう聞いた?」 私の声のトーンから読み取ったのか、柚葉ちゃんがゆっくりと聞いてきた。 「…さっき、梨花から」 私は絞り出すようにして声を出した。 柚葉ちゃんになんて声を掛ければ良いのか分からなかった。 気を抜いたら涙が出てきそうになる。 そんな私の沈黙を読み取るみたいに柚葉ちゃんは話しだした。 「…こういうオーデションもそうだし、芸能界は仲が良くても一緒に上がっていけるとは限らない。だから、そんな気にしたらだめ。落ちたことはめちゃくちゃ悔しいけど、それは自分に対して。みらいが受かったことはすっごく嬉しいよ」 「…なんで私が合格したこと」 「分かるよ、だってすっごく良かったもん。私ね、芸能界に入りたいって想いは結構あるって思ってたけど、みんなを見てたら私にはまだ足りなかったみたい。けどね、オーデション落ちてやっぱり芸能界に入りたいって強く思えたんだ」 今まで変わり無かった柚葉ちゃんの声が一瞬鼻声に聞こえた。 「私、もう一度真剣に芸能界に挑戦してみようと思うんだ。だから、またいつか会ったときに私の夢を叶えさせてね。みんなは私の最高のライバルだから」 その声はさっきまでとは違い、笑顔が想像出来る声だった。 柚葉ちゃんの本心だ…。 これは柚葉ちゃんとの約束。 「柚葉ちゃん…。ありがとう!」 こみ上げて来る想いに、涙を見せながら笑った。 柚葉ちゃんに届くように最高の笑顔で…。 「えっ、colors!の?」 「あぁ。colors!の絶対的エース、相川ひかり。その人が今年のスタキャラ最終オーデションのゲスト審査員らしい」 電話越しのあずさの声に耳を傾ける。 あずさはこうして時々電話をかけて色んなことを教えてくれる。 相川ひかりちゃんといえば、テレビや雑誌で見ない日は無いくらい大活躍しているアイドル。 そんな人に会えるというだけで緊張してくる…! 「後は…、最終オーデションでは審査員の投票だけじゃなくて、観客の心拍数も影響してくるんだ」 「心拍数?」 「あぁ。心拍数っていうのは、胸のドキドキの数。最近でき始めたシステムで、腕につけたブレスレット型の機械が観客の心拍数を測ってくれる。そしてその心拍数によって、観客の気持ちをどれだけ動かせたのかが数値化されるんだ。つまり、観客をどれだけドキドキさせられるかってこと」 「ドキドキさせられる…」 そうつぶやいて、考える。 私の内容なら、出来るはず…! 「そういえば、最近梨花ってどんな感じ?二人とも、一緒に練習してるんだろ?」 「え?…うーんと、なんていうか…。何か悩んでるような」 そう、最終オーデションに向けてここ数日梨花と練習しているんだけど、梨花の様子がなんだか変なのだ。 ずっと思い詰めたような顔をしたり、練習中もずっと険しい表情をしている。 何か悩んでるのかと思って聞いてみても、なんでもないと首を振ってしまう。 「やっぱり。さっき梨花に電話した時、ちょっと変な感じがして…」 「うん、でもどうしたら良いんだろう…」 梨花の力にはなりたいけど、どれだけ考えてもどうしてもその方法が思いつかなかった。 「あの感じから、梨花もきっと、話したくないわけじゃないと思う。話す勇気が無いんじゃないかな」 その勇気はなんとなく想像できた。 ちょっと違うかもしれないけど、私もお母さんとお父さんにオーデションのことを話すのはすっごく勇気が必要だったもん。 ということは…。 私は想いをめぐらせる。 私に出来るのはその勇気の前に、キチンと話を聞く姿勢を見せることかもしれない。 全部を受け止める姿勢を。 「…私、もう一度梨花と話してみるね」 「…ぷはぁ、やっぱり運動のあとの水はおいしいよねぇ!」 「…え?あ、そうだね」 梨花があいまいな笑みを浮かべる。 体力トレーニングのあと、この公園のベンチで休けいするのが私達の日課になっているんだけど... ちらりと隣に座る梨花を見てみると、険しい顔をしていた。 やっぱり何か悩みが…。 「梨花、自己アピールなにするか決めた?」 「…うん、決めたよ。けど…」 「けど?」 「ううん、なんでもない」 くもった表情のまま、何かを払うかのよつに首を振る。 なんでもないなんて顔じゃない。 そう思ったら、考えるよりも先に口が開いていた。 「梨花、私なんでも聞くよ」 「えっ?」 「だって、私梨花の友達だもん」 その瞬間、梨花の瞳がキラリと光った。 そして、その光を手でぬぐった梨花がゆっくりと口を開いた。 「…私、全然自信が無いんだ。いつも、思っちゃうの。どうして私はオーデションに合格出来たんだろうって。柚葉ちゃんが落ちて私が合格出来たんだろうって」 梨花が自ぎゃく的な笑みを浮かべる。 「…三次オーデションの投票数、梨花は見てなかったかもしれないけど私、最下位だったんだ。二次オーデションのときだってみんなの足を引っ張ってオマケみたいに合格させてもらって…。もしかしたら、何かの間違いなのかなって」 「それでもどうにか見合う自分になれるように努力してきたけど、あずさやみらいの輝きを見てると…。私、才能無いんだなって、アイドルとしての光がないんだって...思うんだ」 梨花がぽろぽろ涙をこぼしていく。 乾いた土が涙で湿っていく。 梨花がそんなことを考えていたなんて、知らなかった。 知らなかったのに、その答えはすんなりと出た。 「梨花は輝いてるよ」 「…え?」 梨花が拍子抜けしたように口を開ける。 だけど、私はそのまま言葉をつづけた。 「自分じゃきっと分からなくなっちゃうときがあるんだよ。でも、私には頑張ってる梨花が、夢に向かってる梨花がすっごく輝いてるのが分かる」 梨花は初めて出会った時からずっとキラキラまぶしく見えた。 色んな事を知ってて、たくさんアドバイスをもらった。 梨花がただ隣にいるだけで安心できる。 「それに、投票の結果が良くなかったのに合格できたってことは梨花にはすごい才能があるってことだよ。梨花の努力は誰よりも私が知ってる。だって、梨花は私の大好きな友達で、最高のライバルだから」 私も自分の輝きはあんまり見えない。 だから、まわりのみんなと自分のやってきたことを信じて前へ進むしかない。 「…そっか、ありがとう。みらい。私、まだまだ頑張る!だから、ずっと最高の友達で、最高のライバルでいてね!」 梨花の笑顔、なんだか久々に見た気がする。 私も不思議と嬉しくなる。 「もちろんっ!いつまでも、よろしくね」 それから一週間。 私達は来る日も来る日も特訓に明け暮れた。 グランプリを獲得するため。 そして、アイドル革命を宣言するため。 体力トレーニングに、自己アピール、公開面接の練習。 どれも大変だったけど、目標があればあるほど、頑張れるような気がした。 そうしてあっという間に最終オーデションの日が訪れた。 「すごい数…」 私は舞台の袖で密かに怯える。 午前中のリハーサルの時にはいなかった大勢のお客さんや、数十台のカメラが入っていた。 お姉ちゃんから聞いてはいたけど、想像以上にすごい数…。 本当にスタキャラって注目されてるんだ。 そんな事を思っていると 「みーらいっ」後ろから肩をポンと叩かれた。 「お姉ちゃん!」 そこには応援に来てくれたお姉ちゃんの姿があった。 「来るの、早かったね」 「うん、早めの飛行機だったから。…にしても、すっごい数だねぇ。今年は例年以上って今朝のニュースでもやってたし」 「そうなの?」 「あったりまえじゃん!アイドル革命で注目度が上がってるんだから」 自信満々のように答えながら、スマホの画面を見せてきた。 『スタキャラ、今日最終オーデション!最有力候補、関あずさは…!?アイドル革命は…!?』 「…って、あずさちゃん⁉」 そのニュースはあずさちゃんの写真が大きく載っていた。 「どこも関あずさちゃんがグランプリ最有力候補みたいね…。けど、」 「うん、私は私の全力をつくすだけ!グランプリになることも、アイドル革命を起こすことも大切だけど一番はお客さんに楽しんでもらうことだから」 もちろん、グランプリにもなりたいし、アイドル革命だって起こしたい。 けど、アイドルになるための一番大切な気持ちを忘れちゃいけない…! 「…それが分かってるなら、大丈夫そうね」 …って、そうだった! 「そうだ、お姉ちゃん、もう教えてくれるよね?お姉ちゃんがどうしてオーデションのこと、こんなに知ってるか教えてくれる約束だもんね」 私はジッとお姉ちゃんの瞳を見つめる。 一次オーデションの結果が出る前に、もしも私が最終オーデションまでいったら教えてくれると言ってくれたもん。 あの時はまさか、本当にここまで来れるとは思えなかったけど…。 最終オーデション出場が決まってから何度もお姉ちゃんに尋ねたけど、ずっとはぐらかされてきた。 だから今日こそ…!というか、今日しかない…!! 「いいよ、教えてあげる」 って、意外とすんなりじゃん…。 そんなことを思いつつ、お姉ちゃんの言葉を待った。 「とはいえ、単純なことだよ。だって私も昔スタキャラ受けたんだもん」 なんか、サラッと大切なこと言った気が…。 …って! 「え!お姉ちゃん確か、スタキャラ受けなかったことを後悔してるって言ってたじゃん」 両親にスタキャラを受けたいと話したとき、お姉ちゃんがそんな話をしてくれた。 あの時は受けたなんて一言も…! 「うん、間違ったことは言ってないよ」 後ろで手を組んでいたお姉ちゃんは何かを思い出すように瞳を閉じた。 私は半信半疑のまま、お姉ちゃんの話に耳を傾けた。 「…昔から芸能界に興味があった私は、スタキャラに応募した。オーディションを順調に通過した私は最終オーデションを迎えた」 え、私が今来た場所まで来てたんだ。 びっくりしすぎて息を吸うのも忘れそうになる。 けど、お姉ちゃんが次の言葉に息を吸ったとき、その顔が一瞬曇った。 「…だけど最終オーデション当日、猛反対された両親によって私は家から出してもらえず、最終オーデションを受けることが出来なかった…。ね、あってるでしょ。スタキャラの最終オーデションを受けなかったことを後悔してるって」 お姉ちゃんは哀しそうな笑みを浮かべた。 初めて聞いたお姉ちゃんの話に私は言葉が出なかった。 お姉ちゃんがそんな経験してたなんて知らなかった。 私には当時のお姉ちゃんの辛さが十分過ぎるくらい分かる。 私もあの時、お姉ちゃんが両親に話をしてくれなかったら私もここに立てていなかったかもしれない。 心がズンと重くなる。 「最終オーデションが終わってしまってからは、毎日が本当に辛かった。けどね、そんな毎日に幸せを与えてくれたのはみらいだった」 「えっ、私…?」 私、お姉ちゃんになにかしたっけ? 「みらいは私の前で一生懸命歌って踊って、笑って。そんなみらいを見てたら、自然と私まで楽しくなってきちゃって…。私はみらいのお陰で立ち直る事ができた。それが、みらいの才能…。それに、今の私にはバンドがある。だからみらいに羨ましい想いとかも無い。本気で応援してる」 お姉ちゃんは微笑んだ。 それは、優しい笑みだった。 「お姉ちゃん…」 初めて聞いた、お姉ちゃんの想い。 ずっと、私に才能があるって言ってくれたのはこういうことだったんだ。 そういえば、一次オーデションで梨花が言っていた。 このオーデションにあるのは私の想いだけじゃないって。 だから、自分の夢だけじゃなくて他の人の夢も背負ってステージに立たないといけないって。 今なら、あの時梨花の言ってたことが前よりも分かる。 「…私、お姉ちゃんの想いも背負って行ってくる!」 「いっといで!」 私とお姉ちゃんは笑顔を分け合って、そして互いの夢に走り始めた。 「あ、みらいどこ行ってたの?もう始まるよ。…て、なんかあった?」 お姉ちゃんと別れた直後、集合時間ギリギリの事に気付き、急いで控え室に行くと梨花が声を掛けてきた。 「まぁ、ちょっとね」「なんか、表情が違う気がするもん」 「え、本当に?どこが?どこが?」「あ、やっぱり、勘違いだったみたい」「え、ナニソレ」 思わずカタコトになってしまった瞬間、 「では、これから第37回全日本スターキャラバン最終オーディションを開催します」 ドアを開けてやって来たスタッフの人が、響き渡る声を出した。 それまで騒がしかった控え室の空気がガラリと変わって、緊張感が控え室中に張り詰める。 「午前中にも説明した通り、まず、エントリーナンバー順に一人ずつ公開面接を行います。その後、全員でステージに登壇し、参加者も含めた中で、同じくエントリーナンバー順に一人ずつ自己アピールを行います。最後に結果発表を行い、終了となります」 スタッフの人が一通り説明し終えたところで私はぎゅっと、拳を握りしめる。 不安はワクワク、ドキドキに変える。 そして、アイドルになりたいっていう誰にも負けない想いを忘れない。 そうすれば、きっと大丈夫だから...!  「エントリーナンバー4番の関あずささんでしたー!」 司会者の言葉と共に、今までにないくらいの大きな歓声と拍手が飛び交う。 うんうん、すごかった! あずさの面接は、まさに完璧だった。 私も舞台袖から静かに拍手を送る。 「梨花、頑張って」 私はエントリーナンバー5番の梨花に声を掛ける。 「うん、みらいもね」 私のエントリーナンバーは6番。梨花の面接が終わったらすぐに始まる。 「エントリーナンバー5番、真中梨花さん、お願いしますー!」 やけに響く司会者の声で梨花がステージへと出ていった。 「北海道出身、真中梨花12歳です。よろしくお願いします!」 梨花の面接を見つめながら、ふと、今日までのことを思い出した。 色んなことがあったなぁ。 アイドルからもらった夢。 ずっと叶うはずも無いと思ってた夢。 教えてもらったこと、最終オーデションで活かしてみせる…! 「エントリーナンバー6番!諸星みらいさん、お願いしますー!」 ステージ上で司会者の声が響く。 よし、行こう…! 私はたくさんの想いを背負ってかけ出した。 ステージにはたくさんのお客さんと、三人の面接官が待っていた。 その中に一人、キラリとした輝きが目に入ってくる。 一瞬で分かる。 colors!の絶対的エースの相川ひかりちゃん。 あの時、ひかりちゃんたちが必死にレッスンしていた姿を思い出す。 私も、努力を見せてみるんだ! 「自己紹介をお願いします」 司会者の声に合わせて私はマイクを口元に当てる。 「北海道出身の諸星みらい、12歳です!よろしくお願いします!」 私は笑顔を忘れずに頭をペコリと下げた。 一次オーデションと同じく、ワクワクとした気持ちを忘れないようにだよね! 「早速ですが、諸星さんはどうしてこのオーデションを受けたんですか?」 真ん中の男性の面接官が質問した。 私は息を吸って答える。 「アイドルに夢を貰ったのがきっかけです。アイドル達は夢を持てなかった私にアイドルになるという夢を与えてくれたんです。だからこのオーデションでアイドル革命を起こそうと思ったんです」 私や梨花のように、ソロアイドルになりたくてもどうしたら良いのか分からない子達もきっと沢山いると思う。 だから私が時代を作ることで誰かの夢がまた繋がって欲しいんだ。 「諸星さんはこれまでのオーデションの中で、アイドル革命という言葉を多く使っていますよね?その意味を教えて頂けますか?」 「はい。アイドル革命、それはソロアイドルの時代を作ることです。 今、アイドルといえば男女問わずグループ活動がほとんどで、ソロで活動しているアイドルはかなり少ないです。だけど、ソロアイドルになりたいって人たちは実は結構いるんじゃないかって思うんです。私もその一人でした。だから、アイドル革命を起こしてみようと思ったんです!」 胸の中にある熱い想いを伝える。 アイドル革命は私の想いだけじゃなくて、お姉ちゃんを始め、梨花やソロアイドルを目指す全ての人たちの夢がつまっているから…! 「なるほど…。ではどうして諸星さんはグループのアイドルでなくて、ソロアイドルになりたいのですか?ソロアイドルとグループアイドルの違いとはなんでしょう?」 この質問はあらかじめお姉ちゃんから、出るかもしれないと注意を受けてた。 アイドル革命を起こす上では、欠かせない質問だからって。 のどの奥にあったツバをごくんと飲み込んで、心の中の想いを言葉にする。 「はい。ソロアイドルを目指したきっかけは大好きなアニメでした。アニメの中のソロアイドル達はライバル達と競い合って、はげまし合ってトップアイドルへの階段を上がっていきました。だから私もそんな風に成長できるアイドルになりたいんです。 もちろん、グループのアイドルもステキだと思います。でも、その二つの時代が合わさったら、もっともっとアイドル界は盛り上がると思うんです!そうしたら、もっとたくさんの人に笑顔を届けられる…!」 言い切った瞬間、審査員の人たちが笑みを浮かべて頷いたのが見えた。 良かった、ちゃんと答えられた…。 ホッとするのもつかの間。 かわいらしい声が耳に届いた。 「じゃあ、みらいちゃんが目指すアイドル像を教えてください」 相川ひかりちゃん…! 近くで見ると、本当にかわいい! 興奮したくなる気持ちを慌てておさえて、質問に答える。 「夢と笑顔を与えられるアイドルです。私は夢をもらってから、アイドルになりたいっていう強い想いでここまで来れたんです。だから私も色んな人に夢と笑顔のきっかけになれるアイドルになりたいです!」 いつだって鮮明に思い出せる。 私はアイドル達を見て、夢と笑顔を貰った。 あの日から私の世界はキラキラと輝き出したから。 私は会場中を見てそう言った。 カメラの向こう側にも届くように…。 「じゃあ、最後に。もし、このオーデションに合格出来なかったら諸星さんはどうしますか?」 最初に質問してきた人がよく届く声で言った。 オーデションに合格出来なかったら…。 考えたことも無かった。 だけど、答えはすぐに出た。 「もう一度挑戦してアイドル革命を目指します!…私は両親に、このオーデションが最初で最後の挑戦だと言われて来ました。けど、きっと諦めきれないと思います。私にとってはそれ位、大きな夢だから!」 私はマイクをぎゅっと握りしめた。 なりたい気持ちは誰にも負けたくない。 「…それくらい大きな夢を見つけられるのって、本当にすごいと思うよ。みらいちゃんのその気持ち、オーデションの結果に左右されずに持ち続けて欲しいな」 ひかりちゃんがニコリと微笑んだ。 その微笑みは私だけじゃなくて会場中を笑顔にした。 「はい、ありがとうございます!」 私はそう言いながらひかりちゃんに向かって礼をした。 「エントリーナンバー6番、諸星みらいさんでしたー!」 一瞬の空気を読んで司会者の人がそう叫んだ。 自分の気持ちを全部言いきれた…! 無事に終了の言葉を聞けたことに、ホッとして息を吐いた。 「みなさん、ありがとうございました!」 私は一礼して拍手の中、ステージ袖へと戻った。 「続いて行うのは、自己アピール審査!制限時間10分間で参加者達は一体なにを披露するのか⁉」 公開面接が終わってすぐ、自己アピール審査が始まった。 家でもいっぱい練習したし大丈夫…! 自己アピール審査ではみんな色々な特技を披露していた。 ギターを弾く人、バスケットボールをする人、マジックを披露する人…。 あずさはというと、華麗なウォーキングを披露した。すっごく綺麗で思わず見惚れてしまった。 さらに梨花は書道を披露してて、出来上がった作品には客席からも驚きの声が上がっていた。 「いやぁ、皆さん色んな特技をお持ちなんですねー。次は一体何が行われるのか楽しみですねー!続いて、エントリーナンバー6番、諸星みらいさんです!」 司会者のよく響く声で私は数歩前へと出る。 「よろしくお願いします!」 私はワクワク、ドキドキを抱え、笑顔を見せる。 「諸星さん、何をするか教えてもらってもいいですか?」 「私は、モノマネをします!」 「モノマネ…ですか?」 司会者が困惑した表情を見せ、客席からもざわざわと困惑した声が上がる。 けど、これは想定内…! 私はにっと口角を上げる。 「はい、まずは携帯のバイブ音、やります!…ブルルルルル、ブルルルルル」 私は唇をめいいっぱい使って、ものまねをする。 その瞬間、会場中にどっと笑いが起きた。 ホッとした気持ちと共に私はマイクを握り続ける。 「次に、個性的なくしゃみを…。フィックション!フィックション!」 更にどっと笑いが起きる。 「いるいる、あぁいう人!」「面白ーぃ!」 チラホラとそんな声が聞こえてきた。 「えーっと、ものまねが得意なんですね」 「はい、とはいえ、本当の自己アピールはものまねではなくて、ここからなんです」 私はおどけた表情を見せる。 そう、自己アピールの本題はここから。 これも、お姉ちゃんと話し合って決めたことだった。 「ここまでのオーデションで審査員の人達のみらいのイメージは固まってきている。だから、ここで意外性を見せる」 「え、お姉ちゃん胃が痛いの!?」 「胃が痛いじゃなくて、意外性!どんな聞き間違えよ。ものまねをしておけば、あっ、この子こんな一面もあるんだ!って印象に残る。もちろん、ずっとものまねじゃなくて良い。本題をその後に持ってくれば良いだけ」 「なるほど!」 「諸星さん、お願いします」 司会者の言葉を合図にパッと照明が落ちて、音楽のイントロが流れ始めた。 何度も聞いてきた大好きな曲。 そう、私の自己アピールは大好きなアイドルのステージ。 あの時の、お姉ちゃんの勧めがきっかけだったりする。 「みらいの特技といえば、歌って踊ることでしょ!お姉ちゃんが保証する!」 昔からお姉ちゃんの前でしか歌って踊ることはしてなかったからかなり不安だけど、今は信じるしかない…! 音楽に合わせて自然と手足が動く。 すっ、と息を吸って歌詞を声に出す。 歌っていると、自然と笑顔になれる。 アイドルのステージを見ながらいつも歌っていたから。 届けたい、伝えたい、笑顔になってほしい…! 心の中でそう思いながらステップを踏み続ける。 客席をよく見てみると、笑顔で手を振ってくれていた。 笑顔になってくれた…! 私は夢中になって笑顔で歌って、踊り続けた。 「みらい、良かったよ!」 全員の自己アピール審査が終わり、ステージ裏へと戻ると勢い良く梨花が来て声を掛けてきた。 「本当に⁉」 「うん、あの、ものまね!」 「え、そっち?」 「もちろん、ステージもだよ」 梨花に褒められて嬉しくなる。 「まさか、ものまねをやるなんて思わなかったよ」 後ろからあずさも声を掛けてきた。 「あずさも、ウォーキングきれいだった!」「ありがとう」 あずさが微笑む。 「この後、結果発表だよね」 梨花がふと、思いついたように話した。 「うん、なんかあっという間だったなぁ」 私は壁に寄りかかって、思い出に浸る。 「いや、まだ正確には終わってないから。…とはいえ、何か分かる」 肩をすくめたあずさがふっ、と表情を崩して微笑んだ。 「私も」梨花もそう言って微笑む。 「終わっちゃうの、何か悲しいけど、それ位楽しかったんだね」 「登山とか過酷だったのにな」「本当に。ずっと、慌ただしかったし」 あずさと梨花が壁に寄りかかる。 「どんな結果でも笑顔で終わりたいな」 「だな」 「うん、笑顔で終わろう」 私達は指切りげんまんして約束した。 やれることはやった。 後は結果がついてくるのを待つだけ…! 「さぁ、この時間がやってまいりました。皆さんお待ちかね、結果発表ー!」 司会者の声に合わせて、後ろにあるスクリーンがババっと変わる。 客席の歓声は今までにないくらい盛り上がっていた。 私の鼓動も今までにないくらい騒がしい。 スタキャラにはグランプリ、準グランプリ、審査員特別賞がある。 3つの内のどれを獲得しても、藍星事務所に所属することは出来る。 けど私はやっぱり、グランプリを獲って、アイドル革命を宣言したい…。 これから迎える一瞬のために沢山努力してきた。 大丈夫だと信じたいけど色んな感情が入り混じる。 いつの間にか握りしめていた手には汗がびっしょりとついていた。 心臓は今までにないくらいバクバク鳴ってる。 さすがに、緊張する...。 ふぅ、と息を吐くとコツン、と何かが右手の甲にぶつかった。 なんだろう?横を向くと梨花が私に笑顔を見せた。 なんだかよくわからないけど、不安はどこかに行っていた。 私は隣にいたあずさにコツンと自分の手の甲を当てて笑顔を見せた。 目をつむっていたあずさは一瞬ビックリするも、すぐに笑顔になった。 誰かの笑顔で誰かが幸せになれる。 そう考えるとなんだか幸せになった。 「それでは、まず審査員特別賞の発表です!審査員特別賞は…」 会場が一瞬の静寂に包まれる。 「エントリーナンバー5番、真中梨花さん!」 梨花…! 私はバッ、と隣を向く。 梨花は信じられないといった表情で、口を開けたままポカンとしていた。 「梨花、おめでとう!」 私は梨花の両手を取って握った。 「え、私…」 梨花は涙腺を震わせながら声を出した。 「おめでとう、梨花」あずさも声を掛けた。 「…ありがとう」 梨花は目尻を下げた最高の笑顔でステージ中央へと駆け出していった。 「真中梨花さん、おめでとうございます。それでは一言もらえますか?」 「あっ、はい!…えっと、なんか信じられませんけど。…けど、すっごく嬉しいです!自分の輝きが見えなくなって、もがいたりもしたけど、信じて前へ進んで良かった。最高の仲間たちと競い合えて良かった。頑張ってきて良かった!このオーデションに関わった全ての人に感謝したいです。ありがとうございましたっ!」 梨花のお辞儀に私も拍手を送る。 梨花、おめでとう…! そう思った瞬間、梨花がこっちを向いてピースサインを出してきた。 それを見て、さらに嬉しくなる。 「やったね、梨花」 私は小さくそうつぶやいた。 「続いて、準グランプリの発表です!」 瞬間、歓声が再び一気に大きくなる。 それと同時に脈拍が高鳴っていく。 「準グランプリは…」 ドクン、と私の心臓が弾ける。 「エントリーナンバー4番、関あずささん!」 「え…」 私はビックリして隣を見る。 正直なところ、グランプリの一番の最有力候補はあずさだと思ってた。 まさか、あずさが準グランプリとは…。 あずさは少しだけ悲しそうな目をしながらややして頷いた。 「ありがとうございます。…みらい、待ってるよ」 「えっ、」 ギリギリ聞こえるような声量でそう言うと、あずさは目を細めた笑顔で前へと出ていった。 「関あずささんは今回、最も審査員からの得票数が高い結果となりました。それでは、一言お願いします」 「…正直に言うとこの結果はめちゃくちゃ悔しいです!だけど本気をつくすことが出来て、熱く頑張れて、すごく楽しかったです。これからも本気で頑張っていきます。ありがとうございました」 あずさちゃんの深々としたお辞儀に、会場中から拍手が巻き起こる。 「あずさちゃん…」 「それではお待ちかね、グランプリの発表ですー!」 司会者の声で会場中が一斉に盛り上がる。 「この一瞬で全てが決まります!…では、発表に移ります」 パッと会場の照明が落ちた。 私は一人、スポットライトの当たった司会者に視線を移す。 「第37回全日本スターキャラバンオーデション、グランプリは…」 地響きのするようなドラムロールとともにスポットライトが左右前後に動く。 グランプリというだけあって、すごく豪華…。 応援してくれるお姉ちゃんや梨花達の顔を思い浮かべる。 私はアイドルになりたい!アイドルの時代をつくりたい! そうしたら、みんなに笑顔になってもらえるから…! …私ならきっと! 「…エントリーナンバー6番、諸星みらいさん!」 その声と共に眩しいくらい、バッと照明が当たる。 「え…」 その瞬間、歓声がわき起こった。 私は口を開けたまま固まる。 一瞬、起きたことが、言われた言葉がまるで知らない言葉のように理解出来なくなる。 目を泳がせている内に笑顔で拍手を送ってくれている観客の人達が目に入った。 それが段々と私に現実だということを染み込ませていった。 グランプリになれたの?…なれたんだ! 私の脳裏にここまでの事が浮かび上がる。 あの日、輝いていたアイドルに夢を貰って、お姉ちゃんの一言がきっかけでこのオーデションに挑戦することを選んだ。 両親を一生懸命説得して、みんなに出会って、想いを知って…。 涙が自然と溢れてくる。 ここまで来れた…! 私は感謝の想いを込めて一礼した。 「諸星さんは過去最高レベルに観客の心拍数を高くしました。諸星さん、前へお願いします」 司会者の言葉に私は足を踏み出した。 「おめでとう!」「おめでとう」 すでにステージ中央にいた梨花とあずさが笑顔で声を掛けてきた。 「ありがとう」 鼻声のまま、私は返事をした。 「それでは、まず審査員長の坂下太一さんから一言頂きます」 司会者がそう言うと、舞台袖から公開面接の時にもいた、一人の男性が出てきた。 「まずは皆さん、合格おめでとうございます。今回のオーデションは正直、前代未聞でした。日本中、いや世界中を巻き込んだ革命が行われてましたからね」 男性がそう言うと、会場のところどころから笑い声が聞こえてきた。 「彼女達ドラマチックガールズはその名にふさわしく、このスタキャラを過去最高に印象的なオーデションにしてくれました。ですからこれからも一層強く光り輝いてくれると信じています。誠にありがとうございました!」 マイクを下ろした瞬間、会場中から拍手が送られた。 「グランプリに輝きました、諸星さんにはティアラが送られます。今年、ティアラを送るのはスペシャルサポーターのcolors!、相川ひかりさんです」 司会者の言葉で、舞台袖からひかりちゃんが出てきた。 あれがティアラ…! ひかりちゃんの隣の人の手には眩しい輝きを放つティアラがあった。 「おめでとう、これからも輝き続けてね!」 目の前で、ひかりちゃんが可愛らしく微笑んだ。眩しいなぁ…! 「はい!」 私も負けじと笑顔で返事をした。 すると、ひかりちゃんがティアラを私の頭に乗せてくれた。 ズシリとした重さが頭から伝わる。 それはきっと、ティアラ自体の重みじゃなくて、グランプリという輝きの重みなんだと思う。 「それでは、諸星さん、一言お願いします」 私は司会者の方からマイクを受け取った。 「…私が初めて見たアイドルはとっても輝いていて、みんなを笑顔にしていて、ずっと私もこんな風になりたいって思っていました」 私は目を閉じて思い浮かべる。 私も沢山、笑顔をもらってきた。 そして、胸にある憧れは私に力をくれた。 「だから、今日、笑顔の皆さんが前にいて、こんなに輝いたステージに立たせて頂いて本当に嬉しいです! 私にオーデションをすすめてくれた大好きなお姉ちゃん、最高のライバルのみんな、応援してくださったみなさん、ここまで私を、アイドル革命を導いてくださった人全てに感謝したいと思います。 本当にありがとうございました!」 私はマイクを握り締めたまま、一礼する。 頭を上げてみると観客の人達が笑顔で拍手を送ってくれた。 わぁ、嬉しいなぁっ! そう思って私はめいいっぱい息を吸う。 次の一言はもう、決まっている。 あれしか無い! 「そして今ここに、ソロアイドルの時代、アイドル革命の成立を宣言します!」 おおっ! そんな声が客席中から上がる。 「これからのアイドル界はグループアイドル、そしてソロアイドルで盛り上がっていきます!私もこれから、スタートラインに立って、ずっと、もっと頑張っていきます!今日は本当にありがとうございました!」 私は深く頭を下げて、最高の笑顔を見せた。 同時に会場中から拍手が巻き起こった。 今日のこの景色はきっと忘れない。 だって、ここから私のアイドル革命が始まるんだから…! 私は熱い気持ちを胸に輝くスポットライトを見つめた。 「つかれたぁ」 私は壁に寄りかかって息を吐いた。 あれから取材を受けたりと、初めての事だらけでかなり神経を使った。 「みらい、お疲れ様」「梨花、あずさちゃん」 そこには一足先に取材を終えていた二人がいた。 「輝いてるねー、みらい」「え、本当に?」「うん、ティアラ似合ってる」「ありがとー!」 梨花とあずさに褒められて嬉しくなる。 「早速アイドル革命がニュースにもなってるしな」 そう言うと、あずさがスマホの画面を見せてきた。 『アイドル革命、誕生!!』 そんな記事を読んで嬉しくなる。 「…あっ、ていうかトレンダーで、アイドル革命が世界一話題のつぶやきになってる!」 「えっ!」 あずさと一緒に梨花のスマホの画面をのぞき込む。 「本当だ…!」 まさか、本当に世界一になれるなんて…。 正直信じられない。 「これでアイドル革命が世界中で起きたと言えるな」 「やったね、みらい」 「そんな…。私一人じゃ、あずさと梨花、そして柚葉ちゃんがいなかったら絶対にこんなことは出来なかったよ!二人とも本当にありがとう」 私は二人をぎゅっと抱きしめた。 ライバルのはずなのに、私たちはいつからか強い絆で結ばれていた。 そしてそれは、これからも変わらないと思う。 腕を離すと、二人の笑顔があって一層嬉しくなる。その笑顔は、輝きに包まれていた。 「あ、三人ともちょっと良いかな?」 控え室に戻ろうとしていた私たちにスタッフの男性が声を掛けてきた。 「はい」 「実は社長が呼んでて、来てもらっても良い?」「はい、大丈夫です」「じゃあ、ついてきて」 社長か…。 そういえば、オーディションのときにもいなかったよね。 どんな人なんだろ…! そんなことを思いながらスタッフの男性についていこうとすると、隣にいた梨花とあずさまでもが口をあんぐりと開けていた。 梨花に至っては頬を赤く染めてかなり興奮している。 「え、え、社長って、藍星事務所のですか?」 「うん、そうだよ」 「え、どうしよう、心の準備が…」 梨花が慌ただしく深呼吸をし始めた。 え、どういうこと? 私がポカンとしていると、歩きながらあずさが説明してくれた。 「藍星事務所の社長はめったに会えない人なんだ。社員にもほとんど顔が知られていない謎多き人物で様々なうわさが飛び交っている。だけど、かなりのやり手でもの凄い人らしい」 知らなかった…。 だけど、そこまで芸能界に詳しくない私でもなんとなくすごい人だって事は分かった気がした。 スタッフの男性がピタリとある控え室のドアの前で止まった。 「社長、連れてきました」 「はーい」 え、女の人…? 私はその声に驚いた。 なんとなく、男の人をイメージしてた…。 しかも、若そうな感じがするような…。 スタッフの男性が扉を開けた。 この中に噂の社長が…! 緊張しながら、私は失礼します、と言って中へと足を踏み入れた。 その瞬間、私は驚愕した。 「こんにちは、久しぶりだね。みらい」 「えぇ!」 簡易的なパイプ椅子と机が置かれた部屋でパンツスーツに身を包まれ足を組んで待っていた人。 それは、書類審査の時には川沿いで歌を歌い、三次オーデションの時には私にアドバイスをくれたあの女性だった。 「ど、どういうことですか?」 「どういうことも何も、私が藍星事務所社長の香月雫(こうづき しずく)、25歳よ。よろしくね」 雫さんが、ニコリと微笑む。 社長…!? 「うそ…」 「本当だって。まぁ、私も最初に会ったときはまさか、オーデション受けるなんて知らなかったけどね」 あ、だから三次オーデションの時ホテルにいたんだ…。 ようやく現実だということが見えてきた。 「みらい、知り合い?」 口がふさがらない私に梨花が聞いてくる。 「あ、うん。たまたま会った事があって…」 「もちろん、知り合いだからグランプリにした訳じゃ無いわよ」 「あ、いえ、そういう訳じゃなくて、私もどこかで声を聞いた事がある気がして…」 「それ言えてる」うーん、と腕を組んで悩む梨花の言葉にあずさも首を振って共感する。 「あぁ、私昔歌手やってたからね。霖って名前で」 思い出したかのように雫さんが口に出す。 「霖…?」私もどこかで聞いたことのある気がした。 「あっ、」 顔を見合わせた私達は同時に声を出した。 「あの、霖さんですか⁉」梨花が目を見開いて叫ぶ。 「うん、そうだよ」 伝説のシンガーソングライター、霖。 彼女の作り上げた数々の記録は今でもほとんど塗り替えられていなく、その人気は引退して数年経った今でも変わらない。 確か柚葉ちゃんや、お姉ちゃんもファンだったはず。 でもでも、まさか、藍星事務所の社長だったなんて…。 「あ、だからあそこで歌を…」 「うん、時々歌いたくなるんだよねぇ」 隣を見るとまだあずさも驚いていた。 結果発表の時より驚いているかも。 「まぁ、世間話はこれ位で…」 コホン、と咳払いした雫さんが口を開いた。 未だ驚きに包まれながらも、その雰囲気に姿勢を正す。 「まずはアイドル革命おめでとう。あなたたちは歴史を変えた。今日この瞬間はきっと歴史的なものになる」 「ありがとうございます」 歴史的と言われると、改めて感動してくる。 「あなたたちドラマチックガールズは、夢を追いかける全ての人たちに勇気を与えた。そんなあなたたちならどこまでも羽ばたいていけるはず…!これからも夢を紡いでいきなさい」 「はい!」 「ようやく戻ってきましたぁ」 私達はようやく、始めにいた控え室に戻ってきた。 勢い良く近くの椅子に座る。 立ちっぱなしだったために足が限界を迎えていた。 すでに他の参加者達は帰っていて、そこには私達三人しかいなく、ガランとしていた。 「色々あったねぇ」「うん、まさか藍星事務所の社長があの、霖だったとは…」 梨花とあずさも近くにあった椅子に座った。 「私達、本当に合格したんだね」「ね、夢みたい!…いたぃ」 私は頬をつねって夢でないことを確認した。 「てか、二人とも笑顔で終ろうって約束したのに泣いたよね」 あずさの言葉に私達は一瞬声を詰まらせた。 「うっ、嬉し泣きだからいいもん!」「確かに」 私の言葉に梨花も共感した。 「まぁ、良いけどさ」あずさは肩をすくめる。 二人から伝わってくる空気になんだか心が落ち着く。 「…あっ、そうだ。ねえ、二人とも手を重ねて!」 二人が一瞬首を傾げるけど、すぐに理解したように大きく頷いた。 私達は椅子を引いて立ち上がり、手を重ね合わせる。 「じゃあ、行くよ。せーのっ!」 私の掛け声に二人の声が合わさる。 「アイドル革命、大成功!」 私達は重ね合わせた手を高く上げ、最高の笑顔でそう叫んだ。 この日、歴史が変わる革命が起きた。 それを起こしたのは、まだ十代の未熟な女の子たち。 彼女達の名は…ドラマチックガールズと言う。
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