stage1:ローカル線隣席

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stage1:ローカル線隣席

広美は、新幹線では寝過ごす事もなく岡山駅で無事に降りて在来線に乗り、途中駅で地元奥地村行きのローカル線に乗り継いだ。 この乗り継ぎが僅か5分。 JRの駅舎を出て別棟の駅舎に移動。 ICカードなんて使えないから切符を購入しなければならない。 この乗り継ぎを熟知していても命がけ的な乗り継ぎ。 何とか間に合い飛び乗った。 1輌しかない車輌。。 土曜日のお昼過ぎ、半ドン帰宅の学生たちを中心に混み合っていた。 かろうじてお婆さんと、サラリーマンの間、約二人分の席が空いていた。 広美はもし年配者が乗ってきたら譲ってあげようとお婆さんの隣に座った。 ドアが閉まる瞬間、一人の青年が飛び乗ってきた。 リュックサック一つにキャップを目深に被りメガネをかけてマスクも着用し着古したようなパーカーを羽織りジーンズというイデタチ。 彼は疲れているのか広美とサラリーマン風の間の一人分の席に無理矢理、軽く会釈をしながら座ってきた。 …ヤバイな。。今日は混んでる。学生多いな。。俺というのがバレたら最後だ。。まぁ今まではここに来た時はバレた事はない。 まぁとりあえず寝るしかないな… 青年はそのまま眼を閉じた。 広美も隣に座った青年の事は別に気に止めずどうせ終点まで乗るし、もうひと眠りと眼を閉じた。アッという間に寝堕ちした。 -ゴッチンッ‼- 広美の左側の頭部に衝撃が来て飛び起きた。 隣席の青年もビックリして飛び起きた。 眠りこけ項垂れた互いの頭がぶつかってしまった。 「ス。。スミマセン‼」 広美は慌てて謝った。 「。。こ、こちらこそスミマセン‼爆睡しちゃったな。。」 青年も謝ってきた。 よく見ると、もう車内はガラ空きで離れた席に学生、年配者が3人のみとなっていた。 二人の隣にいた客は既にいなくなっていて、思いきり空いているのに眠ってしまったゆえ知らずに並んで座っていた。 広美は青年から、あからさまに席を離れるのも何かな。。と、さりげなく二人分位を空けて席を移動した。 青年はマスクだけ外し声をかけてきた。 「里帰りですか?」 広美は、えっ?と青年を見た。 …わ、なかなかイケメンじゃ。。若いなぁ、といっても30代かな… 「あ。。伯父のお葬式で。。里帰りです。」 「それは、失礼。。では奥地村の方なんですね。」 …この女、俺が誰だか気づいてないね、ヨカッタ… 「あ、でももう東京に出て長いですから」 …何か。。この男、見たことあるような。。何だろう。。でもこのレベルのイケメンは、いるよね、商社勤務の時だってこんな感じの若手社員いくらでもいたもんね… 「お葬式となると今日明日、奥地村は忙しいですかね?」 「田舎だから誰かが亡くなると村人総出で、手伝いしたり忙しいですよ。」 「そっかー。日原の婆ちゃん、大丈夫かな。。昨日の電話では何も言ってなかったけどな。。」 「日原の婆ちゃん?」 広美は驚いた。 日原さんなんて地元人しか分からない。 「あの。。失礼ですが、ハイキングとかではないんですか?」 奥地村は、自然がいっぱいなのでハイキングに訪れる人は多い。 絶対にこの男、奥地村の人じゃない。だってこんなイケメンがいたら、あそこん家の子だって誰も黙っていないって 「ハイキングするんではなくてお世話になった方のお墓参りです。」 「日原さんにお世話になったんですか?」 「はい。随分昔ですけどね。。」 -日原さん。。お爺ちゃんは地元の生字引みたいな山男で、季節の山の幸を収穫したり、獲物を捕ったり手先も器用で木工製品も作って、それらを販売しながら生計を立てていた。まれに山で遭難者が出ると救出したり、ボランティア精神も凄くて村では貴重な人材だったが5年前に亡くなられた。 妻であるお婆ちゃんは、めげずに逞しく元気に周りの村民と仲良くしながら畑やって暮らしているようだ- 広美はこの青年が、お爺ちゃんと知り合いでお墓参りにわざわざ行くなんて不思議な驚きだった。 …皆はこの青年の事、知っているのかな、帰ったら訊いてみよう… やがて終点の奥地入口駅に着いて二人は降りた。 「それじゃ、また!」 青年は爽やかな笑顔で軽く手を挙げた。 「あ、どうも!」 広美は少し照れくさそうに会釈して返した。 小さな無人の駅舎を出ると広美には、兄、智弘が車で迎えに来ていた。 「急に悪かったけんな。忙しいのに」 「いや畑越の伯父ちゃん、残念じゃったな。。」 ふと見ると青年には例の如く日原のお婆ちゃんがガタガタの軽トラで迎えに来ていた。 …本当に知り合いなんじゃ?… 特別に挨拶し合うこともなく青年は即座に軽トラの助手席に乗り込み、もの凄い勢いで出発した。 「婆ちゃん、90歳近いのにバリ現役運転じゃな‼」 「爺ちゃん生きている時よりも元気かも知れんな‼」兄は苦笑いした。 「あの青年、知っとる?奥地にあんな子おったっけ?」 「俺たちもよう分からん。何年か前からやってきて婆ちゃんとこ泊まって爺ちゃんの墓参りされてるみたいじゃ。遠い親戚の子じゃ言っておったけど。」 「爺ちゃん、婆ちゃん、口が固いもんね。」 「まぁ何か事情があるんじゃな。。遠い親戚の子じゃろ。」 その日の晩は畑越の伯父さんの夜伽(お通夜のこと)だった。 田舎のお通夜は故人の為に灯されたロウソク、お線香を絶やさないように大人たちは集い故人の思い出話を交わしながら寝ずに過ごす。 女性たちはお清めのお料理やおつまみ、お酒を必要に応じて用意して振る舞う。 また忌問者のご接待もする。 翌日のお葬式もご接待から何から忙しく動かなくてはならない。 広美は必死にお手伝いをした。 お葬式も無事に終え、少し一段落したところで広美は後ろ髪を引かれる思いで奥地村を後にした。 奥地村入口駅15時07分発ローカル線 これに乗らないと今日中に東京に戻れない。 広美は乗車し、やれやれと座席に座った。 この時間にここから乗るお客さんは、そうそういない。他に誰もいなかった。 …お葬式、無事に終わってヨカッタ。。 皆、忙しくて広美いい加減結婚はいつするんだ?の突っ込みもなかったし、それが一番ヨカッタ‼ってか、諦めてもう誰も言わんのじゃな… 一人苦笑いした。 またドアが閉まる瞬間、誰かがバタバタッと乗ってきた。 …えっ?昨日の。。… 何と現れたのは昨日、隣席で出逢い、日原のお爺ちゃんのお墓参りと言ったアノ青年だった‼ 青年も広美に気がつき 「おぉ‼昨日の‼」 と言って近寄ってきた。 「また隣にいい?」 と、青年は言ってきたから、あえて邪険にする必要もないし 「あ。。どうぞ。。」 広美は座るよう促した。 一人分位の間を空けて青年は座った。 「。。伯父さんのお葬式、無事に済んだみたいだね?」 「はい。忙しかったけど無事に終えてヨカッタです。日原の爺ちゃんのお墓参りは出来たんですか?」 「はい、婆ちゃん忙しいのに迷惑かけちゃったけど。。今年も爺ちゃんに逢えました!」 「ヨカッタですね!遠くからわざわざですもの。爺ちゃん喜んでいらっしゃるだろうなぁ!」 何気ない会話をしながらローカル線はガタンゴトンと揺れをしょうじながら夕暮れかかる田園エリアを走っていた。 …この女、まだ俺が誰だか気づいていない、俺、余程芸能人オーラ無いんだな。。… 青年は愕然としながら、ここで正体を明かすつもりもないけど、あまりにも気づかないので幾つか投げかけてみた。 「TVとか見ないの?歌番組とかバラエティとかドラマとか」 「別に。。気が向いたら普通に見てるけど?」 …でも俺が、誰かとは分からないんだ? もう、いっか…苦笑 暫くすると少しずつ身の上話になっていった。 広美は下町の小さな不動産屋さんに勤めている、平凡なオバサンですと話した。 「ソチラは。。何のお仕事を?」 「俺?。。まぁサラリーマン」 …何だかサラリーマンには見えないよなぁ… この男怪しいカナ、まぁ今は適当に相手しておいたらいいか。 青年は色めき立って寄ってくる女たちに、ウンザリしていた。 立場上、なかなか結婚なんて出来ないけど普段の自分の真の姿と正面から自然に向き合ってくれる女性を常に求めていた。 …いかにも歳上で。。美人でもない本当に普通の女だけど、この人なら、もしかしたら本当の俺を理解してくれるかも知れない。 よく見ると、この顔俺好みかも知れない。。 それよりもいつ気がつくか、そして知ったらどんな感じになるか試してみるのも面白そうだ‼… 青年はリュックの中から咄嗟に単行本を取り出し裏表紙を引きちぎり、サラサラと何か書いて広美に渡した。 メルアドと、IDと、アドレスネームは、KACE と、書かれていた。 「カケ。。さんっていう名前なの?」 「そう。カケでいいよ。これから俺とLINEしてもらえるかな?」 「え?。。LINE。。」 「直ぐに既読にならない事もあるけど絶対に返事返すから」 「。。まぁ、LINE位は私は構わないんだけど。。私は、正直アラフォー半ばのオバサンですよ?」 「別にLINEやり取りに年齢は関係ないと思うけど?」 「。。それはそうですけどね」 「俺、仕事が不規則、ハードで返信に時間かかることあるけど必ず返す。良かったら空でもいいから一度、LINE飛ばして」 「。。。LINEを」 広美は、あんまり気が乗らない表情だった。 「あの。。決して怪しい者じゃないから」 「。。いえ!そんな」 「じゃあ気が向いたら気軽にして」 広美は、連絡先を貰ったんだからやはり此方も。。 …あ、会社の名刺でいっか。。… とりあえず勤務先の、ほほえみ不動産の名刺を青年に渡した。 「たざわ。。ひろみさんっていうんだ。。あ、下町だけど、いい食堂、飲み屋色々あるよね、ここ。俺が住みたいなと思ってる町。」 「そうだね。落ち着いていて人情もあって住みやすい町だね。」 そんなやり取りをしていたらJR在来線の乗り継ぎの駅に着いた。 東京まで後2回乗り継がないと。 広美は、てっきりこの青年と一緒に乗り継いで東京まで一緒に帰る事になるかなと勝手に思っていた。 ホームに降りると 「ここからは迎えが来てるんで、俺はそれで帰るから。空でもLINE待ってる‼じゃあまた‼」 実は青年はその足で、とあるロケ地に向かっていったのだ。 青年はホームからアッという間に姿を消した。。 …えぇっ‼何でこんな駅に迎えが? 東京に帰るんじゃないの?…
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