挨拶式

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ゼルク兄様に、船の中のゼルク兄様とダンク兄様、シュルト兄様の三人で使っている部屋に連行された私。 円テーブルのまわりにある椅子は三つ。私はゼルク兄様にそのうちの一つに座らされた。 そして、ゼルク兄様が私の正面に、残り二つの椅子のうちの一つを運んできて座った。 「さて、ソルレーナ」 ゼルク兄様が、私の目をじっと見ながら話し出す。 う~、何か緊張する。 「自分が言おうとしていることは、分かるな?」 「はい」 何故あんなステータスを持っていたのか、ということだろう。 私の目をじっと見つめるゼルク兄様の瞳に、怒りや警戒の色はない。 ゼルク兄様なら、信じてもよいだろう。 「兄様、今から話すことは、その…兄様が信用できると思った人ならいいですけど…あまり、人には話さないでくれますか?」 「分かった」 ゼルク兄様が私の目を見てうなずく。 それを見て、私はあのステータスを獲得したことを説明するため、私がソルレーナ・フォン・ナトゥアとして生まれる前の、ステータスに関連することを包み隠さず話した。 前世で、小野志織という12才の女子として生きていたこと。 ある日突然、神様が私の部屋に現れたこと。 竜の巣に召喚され、竜二頭―ケイトとリヒト―と戦ったこと。 幼竜が傷つきそうになったので怒ると、二頭に使い魔にしてくれと頼まれたこと。 竜の長老をたおし、二頭を使い魔にし、リヒト、ケイトという名前をつけたこと。 スキル・ステータスの特訓をしたこと。 そして、ソルレーナ・フォン・ナトゥア、つまり今世の私に転生したこと。 話し終わると、兄様は私の頭にぽんと手を置いて、優しくなでてくれた。 「そんなに大事なこと、兄様に話して良かったのか?」 私はうなずく。 「兄様だから、話しました。」 「ありがとう。」 兄様がなでるのを止めて私の頭から手を放し、椅子から立ち上がる。 「それと、ソルレーナ」 椅子からおりようとしていた私は、その椅子を引いてくれていたゼルク兄様を振り返る。 ゼルク兄様は私と目が合うと、照れたようにそっぽを向いた。 「その…ソルレーナは確かに実年齢より記憶の年齢が上だとはわかったが…ソルレーナが自分の大事な妹であることに変わりはないから、な」 ゼルク兄様は十八才。私の前世と今世の年齢を足すと十五才。いや、私は前世で0才から三才までの間、学校に行って知識が増えたり何か技術を身につけたりなど、特別成長したわけでもないような気がするので、前世の年齢そのままで十二才と考えると、ゼルク兄様から見て私は六才年下の妹。 ちゃんと年の離れた兄妹だ。 ゼルク兄様っていい人だなあ…。 自分の妹が複雑(別名めんどくさいともいう)な過去をもっていても、変わらず優しくしてくれるとは、ゼルク兄様、いい人だ…!  バァン!! 私が改めて兄様の優しさに感動していると、派手な音をたてて、私と兄様がいる部屋のドアが開いた。 「ソルレーナ嬢はいらっしゃいますかな!?」 あ、学園長のオジイサン。 「が、学園長、ソルレーナに何か御用でしょうか?」 少し赤い顔で、人差し指で眼鏡を押し上げながらそういう兄様。 さっきの発言に照れてるな? 「御用も何も!ぜひソルレーナ嬢にうちの学園に入学していただきたい!」 「それは先程お断りしたのですが」 「だから改めてお願いしているんじゃないか!」 「ですから、今はまだ親や兄弟と生活して、豊かな感性や人格を形成する時期です」 「君は何のために飛び級制度があると思っているんだね!?」 熱意をそのまま言葉にしているように私に学園に入学してくれと頼む学園長。 表情を変えず淡々と言い返すゼルク兄様。 「ソルレーナ嬢は才能のカタマリだ!ぜひネシュレ学園に入学してくれ!」 そういってガシッと私と強引に握手をする学園長。 うっげえ、このオジイサン、さっきめっちゃ力説してたからか、手が汗でベッタベタ。 一刻も早く、きれいな布で手を拭いたい。 でも、オジイサンは握手をやめない。それどころか、上下にブンブンと激しくふり始めた。 オイ、いい加減手ぇ引っ込めろよ。 と言いたいところだけど、このオジイサンはかなりの権力をもっていく。父上や母上、そして兄弟達に迷惑をかけないために、ガマン、ガマン。 あぁあ、手がオジイサンの汗でベタベタ…。 『スキル「忍耐Lv.1」は「忍耐Lv.2」にLvUPしました  経験値を取得しました 』 バンッ ドアが、また大きな音をたてて開いた。 その直後、ドアノブが「バキャッ」という音をたてて砕け散った。 ドアノブを粉砕したのは、今部屋に入ってきたシュルト兄様だった。 学園長が驚いて汗でべたべたの手を私から放した。 うおっしゃあ! ごしごし。 私の手にべっとりとついた学園長が来ていた清潔そうなスーツで拭っておいた。 なんというか、シュルト兄様がいつもよりカッコよく見えた。 本当に良かった。学園長と握手をしたまま目的地の港まで私の手は学園長の汗でべたべた…なんていうこととかにならなくてよかった。 シュルト兄様、ありがとうございます…。 「もっと静かにドアを開けられないのかね?」 おいおい学園長サン…。 あんたが言うなよ。 「それより学園長。ソルナに何をしたんですか!?」 え? 「僕の直感が、『学園長からソルナを助けないと』と言っているんですよ!!」 兄様を鑑定してみたところ、「直感」のスキルは持っていないようだ。 ということは、シュルト兄様が直感を信じてこの部屋に来てくれなかったら、あのベタベタした握手を、船が港に到着するまで続けなければいけなかったかもしれない…! シュルト兄様の直感スゲえ。 そして、その直感をすぐに信じて行動できるシュルト兄様もスゲぇ。 「私はソルレーナ嬢に、ネシュレ学園に入学してくれと頼んでいたところだよ」 「学園に?」 シュルト兄様が、シュルト兄様の後ろにいた私を振り返る。 「そうだ。今は長期休暇中だが、あと二週間ほどでナトゥア家の生徒は全員寮か自分の小領地に戻るだろう。そのタイミングで入学してはと思ったのだよ」 ネシュレ学園は、主に寮生活である。 ただ、領主としての知識や技術をみにつける「領主科」という授業を選択した生徒と、各学年の成績優秀者上位八名には、「小領地」という学園の土地の中に合計百か所ある小さな土地が与えられる。 そこで作物を育てたり薬草や食料を採集したり、それぞれが自分で考えてその土地を地理的にも経済的にも豊かにするという実習を行うのだという。 魔物が多く生息していたり、暑さ寒さが厳しかったりと自然環境は場所によりさまざまだ。小領地を与えられた生徒は、寮へは入らず、その小領地で自給自足生活をするらしい。 成績が学年トップのゼルク兄様は小領地をもっていて、作物を栽培しているんだそうだ。 ウルヴァ姉様、ダンク兄様、シュルト兄様、ミレーヌ姉様は寮に入っている。 学園に通っている兄弟達は、ミルバからナトゥア領まではとても遠いので、休みの日しかナトゥア領の家には帰ってこられない。 シュルト兄様は長期休みで家に帰ってきて私と会うたび、よろこびに咽び泣いていたな。 「ということは、学園がある日もソルナに会える!?」 シュルト兄様が目を輝かせる。 「ソルナ、兄様と一緒に学園に行かないか?」 私、学園には行きたいんだよね。 だって、勉強楽しそうだし。 せっかく学園長が入学してくれと言っているんだし、行きたいな~と思っているんだよな。 でも、ゼルク兄様はダメって言うかなあ。 「ソルナはどうしたいんだ?」 部屋に突然響いたのは、父上の声。 シュルト兄様が開けたままにしていたドアの前に、父上が立っていた。 「父上!」 シュルト兄様が少し目を見開いた。 「すまない、盗み聞きするつもりはなかったんだが、ドアが開いていてな。それで、ソルナ、お前はどうしたい?」 「私は、学園…行きたいです」 「なら入学すればいい」 ふぇ? てっきり反対されると思っていたので、予想外の答えに、聞き間違いかと思った。 「学園長。それでは、飛び級で入学ということになりますので、入学費と卒業するまでの学費はこちらから支払わなくてもよろしいんですよね?」 「ええ、もちろんです」 入学費と卒業するまでの学費が免除される、ですと!? やったぜ! いやちょっと待て。 こんなにあっさり、学園への入学決まっちゃっていいのか? 「それでは卯月の十五日、学園で実力テストがありますので、お忘れなく。学園でお待ちしておりますぞ、ソルレーナ嬢。」 笑顔の学園長がそう言う。 「ああそれと、学園長。あと三人ほど、そのテストを受けさせたい者がいるのですが」 え、何か嫌な予感がするんだけど。 「出てきなさい」 部屋に入ってきたのは、金髪の美青年、黒髪の美少年、白髪の美少年―つまり、神様、リヒト、ケイトだった。 はい嫌な予感的中!! 「話を聞いたところ、この少年二人はソルナの使い魔で、この青年はソルナの友人だそうだ。」 「ソルレーナ嬢のお知り合いでしたら大歓迎ですよ!ご心配なく!」 それでいいのか学園長。 いや確かに、ネシュレ学園では、人に相当する、またはそれ以上の知能をもつ魔物が、別の生徒の使い魔であると学園側が認めたうえで一生徒として入学するという例も稀にあるそうだけども。 …もう深く考えないようにしよう。 神様二十才だったよな、とか、このオジイサンは本当に国の政治に介入できるような偉い人なんだろうか、とか、何かいろいろとツッコみたいことはあるんだが、きっと考えない方が事がややこしくならなくてすむよな、うん。 こうして私は、ネシュレ学園に入学することとなったのでした。
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