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「な…!ま、魔法が解けた、じゃと!?」
「主を傷つけた罪は重い」
ザラドは驚愕に目を見開くが、ケイトは気にもかけない。
動けないザラドに狙いを定め、手をかざす。
「死ね!!破――」
「ストップ!」
ケイトを制止する。
「ちょっと待って、聞きたいことがある」
不思議そうな表情をして首をかしげていたケイトが、ああ成程と納得し、ザラドの首を掴んで横の木の幹に押し付ける。
「が、がハッ」
「主の質問に答えろ」
あぁ、ナイスだケイト!
脅迫やら何やらのスキルや称号を発動する。
「知っていることは全て答えろよ。
一つ目の質問。
ラオントス国王は、戦争をしかけてどうするつもりだ?」
「ア、アートイスの領土じゃよ、目当ては。お前さんも知っておるじゃろ?アートイス王国はアートイス大陸の三分の一をも占めておる。ラオントス王国の領土はアートイスの五分の一にもならん。王はそれが我慢ならんのじゃ」
くだらね。
のっぴきならぬ事情があるならちょっとは罪を軽くしてやろうかと思ったが、やはり国王は許さない。
「二つ目。お前の目的は?」
「簡単なことじゃ。魔道の神髄に達したわしには、ただ一つ足りぬものがある。何か分かるか?それは、…不老不死じゃ。わしの目的は、戦で手柄をあげ、王の補佐官になることじゃ。そして、わしは得た財産で不老不死の魔法を研究によって完成させ、永遠に魔道の頂点に君臨し続けるのじゃ」
は?そんだけ?
くだらね。
まぁ、この二つの質問は別に知っても知らなくてもどっちでもいいんだけどね。
本題は三つめだ。
「じゃあ、三つめ。
お前達が竜の亜人に射った毒矢について教えろ」
すると、ザラドは口を開けて大笑いし始めた。
「な、」
「主の質問に答えろ」
ケイトが不愉快気に肩眉をハネ上げ、ザラドの首を締めあげる。
「ご、ごはっ!い、今言う!」
ザラドはごほごほとセキ込んだ後、口を開いた。
「そ、その毒は確か、ローアの隊が手に入れたものだったはずじゃ…!二千の兵を洞窟に送り込み、たった十だけ生き残った兵が数滴持ち帰ったと聞いた。国王の命令で、王はそれを強くご所望だったらしい。」
「そんなことは聞いていない。私が質問しているのは、あれは何の毒かということと、解毒法についてだ。国王がどうのローアがどうのなんていう情報はどうでもいい」
質問に答えろと言っているのに、全く頭の悪いヤツだ。
と、ザラドがにやりと口角を上げた。
気でも違えたか?
やりすぎかたな、と私が思っていると、
「ふ、ふはは!これはこれは、解毒法とは、優しいお嬢さんじゃわい」
だが残念じゃったな、とザラドが言う。
「あれは、ある蜘蛛の毒じゃよ。あの毒は、」
ザラドが一度言葉を切る。
「解毒なんぞ、不可能じゃ」
「…え?」
全身が感覚を手放し、ひゅ、と息をのむ音が耳に届いたきり、周囲の雑音が全て遠のいた。
「魔法も、治療も、あらゆる解毒薬も、聞かぬ。一度その毒を体内に入れれば最後、二時間ほどで、人も魔物も、竜種でさえも、魂を蝕まれて命を落とす」
二時間で、竜種でさえも?
もしリヒトがミルバに行ってすぐその毒矢を射られたのだとしたら、あと三十分もない。
私は青ざめてザラドに詰め寄った。
「記憶の隅から隅まで掘り起こして解毒法を思い出せ」
「くはは、思い出すも何も、存在せぬのじゃよ。残念じゃったな。お嬢さ、」
「黙れ!主に無礼だ」
「ぐぁっ!」
ザラドとケイトの声が遠くに聞こえて、耳の中で反響するかのように響く。
蜘蛛の毒。
魂を蝕む。
あと三十分。
ザラドから聞き出した情報が頭の中をぐるぐる回る。
でも、それらは希望ではなく、またヒントですらない。
もはや絶望そのものだった。
「っそうだ、治療魔法で」
「魔法は効かぬと言うたじゃろう」
駄目か。
地面に膝をつく。
「主!」
ケイトが心配してかけよってくるが、頭がぼぅっとしてよく分からない。
どうすればいい?
いや、どうすればよかった?
私は、どうすればよかった?
ケイトが何かを言いながら私の肩を揺さぶる。
私は目の焦点も会っていないままがくがくと振動を感じていた。
ぼやけた視界に雲がうつりこむ。
――雲?
私の頭の中の何かがカチリと音をたてた。
その感覚を手繰り寄せて記憶を掘り返す。
さっきとは別の意味で視界がぼやける。
全神経をそれに集中させる。
細い糸が切れないように。
ぷつりと切れてしまわないように。
思い出せ思い出せ思い出せ、
視界に、空の雲の、まわりの色が取り残されたかのようにあざやかな白がうつり込んだ。
「雲だ」
無意識にぽつりと呟く。
「主?」
「雲」
「え?」
ぽかんとするケイトに焦点を合わせないまま、私は言葉を重ねる。
「ヤクルの森まで、最速で連れて行って」
ケイトがハッと息をのみ、目を見開く。
が、一瞬で真剣な表情に戻り、人化を解いた。
「フン・・・今更何をしようと無駄じゃよ。…聞いておるのか?」
ザラドの声は、もう私の耳に届いてなどいなかった。
現れた黒竜の背に乗る。
「ガルァアアッ!」
黒竜が翼を動かす。
「ぐっ」
物凄い圧力に耐える。
風は目を開けていられないほど強い。
それでも必死で黒竜にしがみつく。
平野は、もうはるか後方へ過ぎ去っていた。
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