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密が自分の置かれた状況を思いだしているあいだ、タツは着物の袖で目のあたりを拭っていた。涙ぐんでいるのだろう。
「そんなに気にしないで、タツ。いつも俺のことを考えてくれてありがとう」
元気づけようとそっと手を握ると、目を赤くしたタツがふふっと笑った。
「……密さん、ずっとそのままでいて下さいね」
「そのままって?」
「思いやりや感謝を忘れないところです」
密がきょとんとしていると、タツが立ち上がった。
「お食事が終わったら、お散歩に行きましょうね。段々陽も短くなってきましたけど、紅葉しはじめてきましたよ」
「うん。二階の窓から見えるだけでも、山が赤くなってきているしね。落ち葉を踏んで歩くのが楽しみだ」
密が心待ちにしていた「散歩」とは、タツと一緒に土蔵の近くを歩くことを指す。
日光を浴びないと成長に悪いらしいと聞いた両親が取った対応は、三日に一度の散歩を義務づけることだった。
彼らの見ているところでは、逃げないように足に縄を付けられるのが常だが、密がまったく逃げようとしないため、タツだけが付き添いのときは彼女の采配で縄なしで散歩させてくれるのだ。
土蔵の重い扉をタツが開けると、薄闇に慣れた目には痛いほどの陽光が飛び込んできた。ひやりと澄んだ空気が秋の到来を告げている。
「ほんとうだ、この前出してもらったときより、季節が進んでる!」
赤や黄色の落ち葉を、音を立てて踏みしだき土蔵近くの雑木林を進む。タツが少し遅れて付いてくる。
楠、コナラ、山桜。タツに教えてもらった木の名前を思いだしながら木漏れ日の暖かさを肌で感じた。
しばらく歩くと、山の中腹から下に向かって似たような白い壁に瓦葺きの蔵がポツポツと点在していているのが見える。それぞれ、神社の宝物や資料が置かれていると聞く。十数個ある蔵のうち、山頂に最も近いのが密のいる蔵だ。
足元に、大きな楓の葉が落ちていた。密の掌よりも大きくて、夕陽よりも赤い色をしている。しゃがんで拾っていると、追いついたタツが「どうしたんですか?」と言った。
「うん、こんなに大きな葉っぱって珍しくて。……綺麗だし、蔵に持って帰ってもいいかな?」
タツを見上げると、急にケタケタと笑われる。
「伊賀楓という種類ですね。木の実でなかったらいいですよ。前にどんぐりから虫が出てきたときは、気を失いそうでしたから」
「ありがとう、タツ」
「では密さん、私はこれで。今夜は冷えると聞いていますから、お布団を一枚多めに掛けて下さいね」
「うん。ありがとう、タツ」
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