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2.家庭教師の変貌
密はその日以来、前にも増して二階の窓にいるようになった。もう一度、あの少年―響也―に会いたかったからだ。
それなのに、翌日から雨が降り、鬱陶しい天気が三日続いた。響也の来訪どころか、楽しみにしている散歩さえ中止になる有様で、気分まで暗くなってしまった。
響也がくれたチョコレートという菓子の残りを食べたい衝動に、何度も駆られた。だが、菓子がなくなってしまうと、響也と話したことさえ白昼夢だったのではないかと思えて、懐紙に包んだまま大事に仕舞った。
「密くん、久しぶりだね」
若い男の声がして、土蔵一階の扉が開かれる。週に二度やってくる教師の澤村だ。手には合い鍵を持ち、立て襟のシャツを着物の中に着込んでいる。銀縁の眼鏡をかけ、目にかかりそうなほど長く前髪を伸ばしている。
「先生。もう研修は終わったんですか?」
なんでも、学校で教える資格を得るための研修があるとかで、ここ数回の授業は自習になっていたのだ。
「ああ。少し間が空いてしまったね。この前はどこまで教えたかな。……そうそう、この国の歴史だったね」
「はい」
教科書は、村の子供たちと同じものを使っている。自分だけ特殊なことを教えられているのではないと思うと、ほっとする。
澤村の声が蔵の内側に反響する。
「昔は純粋な血統が尊重され、姉と弟、兄と妹などの結婚が普通だったんだ」
「明治の世がやってきて、そういう近すぎる血の結婚は近親婚と呼ばれ法律で禁止されてしまったけれど。古くから、人間は自分たちの血を残すためならなんでもしたんだ。この田丘村だって、数代前まで本家の跡取りを残すために、生まれた姉を違う家で育てて弟と交わらせた例がある。これは特に書かなくていい」
「ふうん。……そんなことがあったんですね」
村の歴史をよく知らない密にとって、初めて聞く事実だ。
「そうだよ。密くんが生まれた田丘神社にも……」
言いかけた澤村が口をつぐんだ。
「神社がどうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。次、数学の教科書を開いて」
あからさまに話題を変えられると、かえって気になってしまう。数学の公式に当てはめて色んな式を解いたが、もともと苦手な上にまったく理解出来ず、面白くない結果に終わってしまった。
「今日はここまでにしようか。密くん、こっちに来なさい」
急に正座を崩し、板張りの上に胡座をかいた澤村に手招きされる。いやな予感がした。
「どうしてですか?」
「反抗的な態度は感心しないな。……教師に疑問を持たないほうがいい」
ぎゅっと腕を掴まれ、強引に膝の上に乗せられる。背後から抱きしめられたかと思うと、すぐに着物の袷からひやりとした指が忍んできた。
「つめたっ。や、やめ……っ」
暴れようと手を動かすと、背後から耳元で囁かれる。
「口答えはしないように。これも授業の一環だ。私はご両親から、きみの教育についてすべて任されている。成人するまでに、性的なことをきみに教える義務が私にはある」
背後から胸の頂きをキュッと摘ままれるが、違和感しか覚えない。そう思うのに、だんだんそこに血が集まり硬くなってゆく。
「ア……」
さきほどまで冷たかった澤村の指先が、密の体温を移されて温くなる。
(こんなの勉強じゃない。どうしてこんなことするんだ、先生)
間隔を空け、リズミカルに乳首に力を入れられると、いやが応にでも痼ったそこに甘い刺激が走る。性器がピンと上を向くのが分かった。
「ど、どうしてこんなことするんですか、先生。こんなこと、今までしたことなかったのに」
「教師に疑問は持たないのが、良い生徒だよ」
澤村は密の疑問に答えず、密の股を手で探ってくる。
「あっ」
澤村に知られた。胸を触られたことで、性器を硬くしている姿を。――羞恥に身を焼かれてしまいそうだ。
「密くんは筋がいい。そうだ、これが正解だ」
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