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そう言われ、着物の上から股のあいだのものをやんわりと握られた。そのまま緩急をつけ、ゆるゆると扱かれる。
「ふ……っ」
くすぐったいような、痒いようなかんじがする。恥ずかしくて居たたまれないのに、もっとして欲しくなってもどかしい。身体から力が抜けていく。もう抵抗する気も起こらない。
「悦くなってきたかい」
耳に低い声が響いたかと思うと、カリッと音がした。澤村に耳を噛まれているのだ。
「せんせい、やめ……」
制止の声を上げているのにもかかわらず、澤村はまるでおしゃぶりかなにかのように密の耳を囓り、うなじから耳の中まで舐めはじめた。
気持ちが悪いと思うのに、耳の中が水音で満たされ生温かい舌を這わされると、背筋になにかが上がってくる。知らず、肌が粟立つ。おそろしさで逃げることもできず、息が上がってしまう。
性器からは透明な体液が染み出している。着物にまで到達しているだろうから、密が気持ちよくなっていることが澤村に筒抜けなのが恥ずかしい。いっそ消えてしまいたくなる。
その時、背後に座る男のものが硬く兆し、尻にゴツゴツとあたった。
澤村が密をいじっていた手を離し、己の性器を扱きはじめた隙に、密は離れた。ひと一人分ほどの距離を置き、身を固くする。
「……はっ」
悩ましげな吐息をついた澤村が、そばにあった塵紙を数枚取ったので、彼が果てたのだと知った。密にも数年前から精通が訪れている。それに読書のおかげで、男が成長すると性器から白い精液が出るという知識が備わっていた。
自分のものを綺麗にすると、おもむろに澤村が立ち上がった。またなにかされるのではないかと思って身構えると、澤村は教師の顔に戻った。袴を整え、いましがた密にしたことなど嘘だったかのように眼鏡をかけ直す。
「ここまでだ。密くん、今度は国語から始めるから、予習をしておきたまえ」
ギイ、と音を立てて扉が閉められる。
密は我に返り、乱れた着物をかき合わせた。
(まるで悪い夢だ。……先生が俺にあんなことをしたなんて)
七歳の頃から密の教師だった澤村を信頼していた。彼の言うことをなんでも信じた。何度も同じ疑問をぶつけても、澤村は根気よく教えてくれた。
その澤村が密にいやらしいことをしたなんて信じたくない。彼にどんな思惑があるのか、密にはまったく理解できなかった。
*
田丘神社の本殿近くに建てられた平屋建てに、響也と両親は寝起きしている。
陽当たりの良い角にある十六畳の自屋で、響也は鮮やかな楓の葉を眺めていた。ひとりで寝起きするには、この部屋は広すぎるくらいだ。
「チョコレート、もう食べてくれたかな、兄さん」
自分でも、食べ物の中で順位を付けるなら一番に選びたいほど美味な菓子だから、おそらく気に入ってくれるはずだ。
今日、やっと双子の兄に会えた。
初めて見た兄は痩せていて、白い肌をしていた。きっとあの蔵での生活が、そんな容姿にさせたのだろう。
氏子と呼ばれる神社を支える村人たちが、祭りや催しで集まるたび、自分を見てヒソヒソと囁きあっていることに気付いたのはいつの頃だったろうか。
『宮司様も、跡取りがお生まれになって安心だな。代わりもいるという話だし……』
『その子供だけど、だれも見たことがないって言ってるな』
『もう生きていないんじゃないか? 誕生したとき、生気をすべて響也様に持っていかれたと聞いたぞ』
(……俺のこと? じゃあ、氏子さんたちが話しているのは俺に関係ある子?)
それ以降も、響也は何度も自分の噂を耳にした。氏子の話を総合すると、自分には同じ時刻に生まれた密と呼ばれる兄がいて、どこかで隠されて暮らしているらしい。
響也が成人するまでに万が一のことがあればというのは、おそらく死亡するという意味だ。そうなれば、密が代わりにこの神社の跡を継ぐと大人たちは囁いていた。
(子供を隠すって、山の中に? そうなら、そんなに遠くないはずだ。僕が死んで何日か経ったあとに現れる身代わりなんて不自然だから)
響也は田丘神社の周辺を歩き、人ひとりを匿えそうな場所を探した。拝殿、社務所、厠、宝物庫、納屋。境内にある場所は、よほどのことがない限り見て廻れた。どの建物にも、人がいる気配はなかった。
残るは数えるのもいやになるほど多い土蔵だった。どこにも人の住んでいる気配などないように思えたが、ひとつずつ時間を変えて観察した。
すると、ひとつだけ人が定期的に出入りする蔵があることに気が付いた。下女のタツという女が、大きな風呂敷を持っては山の上にある蔵へと消えて行くのだ。
響也はタツのあとを、気付かれないように距離を空け尾行した。ひとつの蔵にタツが入り、一時間もするとそこから出てくる。行きは慎重に運んでいた風呂敷も、帰りは軽いのか大きく振りながら山を下ってゆく。
蔵に近付くが、閂がかけられた上に大きな錠前がぶら下がっている。
正面突破をあきらめ、山を下ろうと雑木林の道に進む。折角手がかりを見付けたのに、兄がそこにいるという確証を持てないのが心残りで、未練がましく蔵を振り返った。
――すると一瞬、二階にある鉄格子から白い顔が覗いたのだ。響也よりも幼げに見える着物姿の少年の顔は、鏡で見る自分と同じだから息を呑んだ。
(あれが僕の兄さん……)
響也と瓜二つなのに血色の悪い顔が、彼を儚げに見せていた。生まれたときすでに死にかけていたと聞くのも頷ける。
(会いたい。会って話がしたい)
蔵で生活しているなんて、不自由ばかりだろう。食事は足りているだろうか、寒くはないか。―響也のことを恨んでいるだろうか。
だが、衝動的に動くのは危険だと思った。すぐに声を掛けては警戒されるだろうし、出入りしていた下女もさほど離れていない。響也は数日、密と接触する時期を探した。―それが今日の夕刻のことだった。
*
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