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「密」
明るく晴れた数日後。密が二階の窓から雑木林を眺めていると、再び響也が現れた。今日は虫取り網を持ち、肩に鞄を掛けている。蔵に近付いたかと思うと、するするとそばの楠を登ってくる。
「来てくれたんだ、響也」
「なんだ、僕の名前知ってたのか」
響也が意外そうに眉を上げた。
「そりゃ同じ顔だから。タツや父さまからも聞いていたし、知ってるよ」
「いいもの持ってきたんだ」
響也が鞄に手を突っ込むと、ガラスの筒のようなものが現れた。取手が付いており、それ自体持ち運び出来るようだ。
「この真ん中に火を点けると、夜中でも物が見える。ランタンっていうんだ」
「これ……俺にくれるの? 助かるけど、でもどうして?」
「もしかして、蔵の中って暗いんじゃないかなって思って。光が洩れているところと見たのって、下女がいるときだけだったから」
響也は、おそらく何度も密と接触する機会を覗っていたのだ。ここにいるのは自分の味方だと思うと、胸が熱くなった。
「ありがとう、響也。すごく嬉しいよ。でも俺、危ないからって火を触らせてもらえないんだ」
「マッチも持ってきてる。箱の側面を赤い頭でこするんだ。ほら、やってみて」
木からマッチの小箱を投げられ、慌てて受け取った。
「出来るかな。タツが火を点けているところを何度も見たことはあるけど……。えいっ!」
思い切ってぎゅっと力を入れると、マッチの棒は途中で折れてしまった。
「……折れちゃった」
「はは。あまり力を入れすぎると折れるぞって、言おうと思ったところだった」
真っ二つに折れ曲がり、木の皮一枚で繋がっているマッチを見せると、響也が朗らかに笑った。
「何百本と入っているから、練習しても大丈夫だ。なくなったら、また持ってくる。それと、ランタン見付からないようにな」
虫取り網の中にランタンを入れ、窓に向けて差し出してくる。このために虫取り網なんて持ってきたのか、と合点がいった。
「長居できないから、今日はもう帰るよ。明日も晴れるって聞いたから、また会える」
響也が木から下りようとするので、慌てて引き留めた。
「ま、待って。この前はちょこれいと、ありがとう。すごく旨かった」
「よかった。僕も好きだから、きっと気に入ってくれると思った」
得意げな笑みを浮かべ、響也が木にぶらんとぶら下がる。両手で体重を支え、はるか下にある地面にジャンプした。
それ以来、響也は会うたび、密に珍しいものを差し入れてくれた。差し入れは供たちが好きだという冒険小説や独楽にはじまり、写真という姿そのものを映した紙、珍しい貝殻や昆虫の標本にまで及んだ。それらはすべて、密がほしいと思っていたものだった。
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